わたしをきずつけたのはあなたじゃない
「こんにちは」
ふと、振り向いた。
聞き間違いようもない、君の声。
「架坐都くん、って言うの?…よろしくね」
「うん。よろしくね」
このとき僕は激しく後悔した。
話さなければ接点を持つ可能性も限りなく低かったはずなのに。
何の因果か席替えで前後の席になってしまった。
九月。
どうしてこんな物悲しい季節に君に逢わなければならないの。
葉は落ち、全ては腐り、世界が破滅へと進む季節。
…ああ、そうだ。
世界は。
あの世界は、春だった。
春から、夏になっていた。
全てを飲み干し、しかしそれでもなお足りない。
それでもなお、足りない。
足りない。
足りない。
足りない。
足りない。
今までにそんなことがなかったから、なおさら足りなくて。
抑えきれなくて。
―だから喰らう。
そうやって、僕は彼女を喰らった。
世界のため、彼女はその身を僕に差し出した。
僕は彼女を喰らい、しかしその対価として平和を差し出さなかった。
喰らって喰らって喰らい尽くし、世界の破滅に貢献した。
―兎?
頬杖をついて問い掛けたい。
―ねぇ兎?
屈託なく、問いかけたい。
君はきっと、なぁに?って笑って答えるだろうから。
無邪気な、純粋な、人を惹きつけるような笑みを僕だけにむけて。
ねえ、兎。僕は寂しいよ。
寂しいよ、兎。
君はこんなに近くにいるのに。
***
一つだけ、教えて欲しい。
今でも解らない。
だから、一つだけ、教えて欲しい。
これは僕からの、たぶん、この世界でただ一回だけのお願い。
だから聞いて。
ねえ、兎。
ねえ、兎。
名前を呼んで欲しいとか両想いになりたいとか可愛いお願いはしないよ。
もう、諦めてるんだ。
だから。
ねえ、兎。
ねえ、兎。
一つだけ教えて。
一つだけ、教えて。
ねえ、兎。
君はどうして、あんな約束をしたの。
どうして、あんなやくそくをしたの?
どうして、ぼくをしばったの?
どうして、ぼくにたべられたの?
ねえ、兎。
ねえ、うさぎ。
―ネェ、ウサギ。
―兎。