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さざめき  作者: min
第五章 そして終焉に向かう
32/34

Who am I ? 

 一番に浮かんだのは否定だった。


 ―違う。

 違う。断じて違う。だって、私は兎じゃない。

 私は、元兎だ。だから、元狼が気になった。そういうこと。だから、この感情は正しいものじゃない。だから、認めてはいけない。絶対に。

 そう戒めているのに、ゆるゆると燃え始めた焔は奥底の本能的な激情を巻き込んで、赤々とその存在を示していく。いつかどこか、遠い昔に覚えた凶悪な感情と似た、純粋な欲望が内に満ちてくる。


「はろー、由奈」


 おどけたような、―そんな声でさえ、愛しい。


「そんなことしてて、楽しい?」


 するりと本を取り上げる、子供じみた拗ねた表情。


「ふぅん、…あっそ」


 頬杖をついた、その手。

 ゆっくりと色を変える、穏やかな瞳。


 ―触れたい。


 けれど、余裕ぶったその表情のせいで、―大人じみたその瞳のせいで、そんなことはできなかった。


 ―けど。


 彼だって、ただの少年だった。


 ただの少年どころか、彼はとびきり不器用で、素晴らしく意地っ張りで、けれど、とびきり孤独な寂しがり屋の少年だった。

 私と何も変わらぬ、迷い続けているただの高校生だった。


 ***


 ―イライラするんだよ。


 そういったときの笑顔は、何故だか泣きそうに見えた。

 壁に縫いとめられて、しばらくの沈黙。そして、二瞬ほど絡んだ視線。

 

 浮かんでいた、

 ―焦燥。

 ―情熱。

 ―困惑。

 ―欲望。


 狂おしいまでに、限界ぎりぎりまで色をとどめた鮮やかな感情。

 見惚れるほどに鮮烈な、感情、感情、感情。

 その激情に、―視線まで囚われて。


 直後の抱擁。


 きつく。―しかし、どこか壊れ物を扱うかのような。

 優しげに。―それにしては破壊衝動を無理矢理抑え込んでいるかのごとく。

 ふわりと。―けれど体は震えていて。


 だから、

 ―いや。ただ単純に、私が抱き締めたかったから、


 抱きしめた。


 ああ。

 このまま幸せなハッピーエンドと洒落こめばもう私の輪廻も終わるのだろうか。

 ぐるぐると、先も後も薄れてゆく明日と昨日の真ん中のような毎日は終わるのだろうか。


 そこまで考えて、ふとひらめく。

 ―明日と昨日の真ん中って今日じゃないか。

 どうやら思考回路までどうにかなっているらしい。そんな毎日だったら普通だ。普通すぎる。そんな普通が嫌だなんてどうにかしている。だとすれば、私はまだ終わりたくないというのか。まだ巡っていたいというのか。独りで独りな独り過ぎる孤独をかみしめていたいというのか。そんなにも。


「…架也くん?」


 思考を止めずにぼんやりと名前を呼ぶ。

 すると突き飛ばされた。


 ぼんやりとしたまま、彼が去って行った扉を見つめる。きちんと閉めていくなんて随分律義なものだと脳の片隅で考えたりしていた。


 しかし、拒否されてよかったのかもしれない。


 まだ、私の中で答えは出ていない。

 肯定されたらされたで、どうしていいか分からずに彼を傷つけたかもしれないし。


 …ああ。


 ぼふ、と椅子に腰かける。

 背もたれに怠惰に背を預けて、内なる虚無に身を任せて虚空を見つめる。


 ―一体私は誰だというの?






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