わすれるなんてひどいじゃないの
ひらがなサブタイ=主人公は狂人
と思いながらお読みください。電波っぱー
そう。
僕はいつだって君だけを見ていた。
いつだって君だけを見ていた。
ずっとずっと、君だけを見ていたのに。
けれど、君は覚えていない。
おぞましい過去を。
狂ってしまった僕を。
忌々しい約束を。
それから―あんなにも美しい感情を。
僕は忘れてなかった。
全然忘れてなんてなかったのに。
僕は何一つ欠けることなく覚えているのに。
僕は何一つ欠けることなく覚えているのに。
僕は全て全て覚えているのに。
―君は何一つ欠けることなく忘れてしまった。
その方がいい―そんなこと解ってる。
その方がいい―けれど、そんなの納得できない。
聞きたいんだ。
聞きたいんだ、一つでいいから。
一つだけでいいから、教えて欲しいんだ。
君に。
ねぇ、兎。
どうして君は最後にあんな約束をしたの?
***
六月の帰り道。僕は君に出会った。
酷い雨で、傘もろくに役に立たないくらいだった。
けど、そんな中に、君はいた。
いなきゃよかったのにね。
いなきゃよかったのにね。
いなきゃ捕まる事もなかったのにね。
いなきゃ泣く事もなかったのにね。
いなきゃ恐怖に叫ぶこともなかったのにね。
いなきゃあんな事になることもなかったのにね。
けれど、あの時の僕はそれすらも分からずに、ただただ逢えた事だけを喜んでいた。
ただただ逢えた事が嬉しかった。
だから言った。
「待ってよ」
笑いながら。
雨に濡れながら。
駆け足で。頑固に傘をさしている君の横まで走って。
そして。
そして、兎、と続けようとしたとき。
「…なんですか?」
そう言って後ろを振り返った君は。
冷めた目。そのなかに潜む困惑した色。
態度だけで分かった。
君は、暗に「誰?」と聞いていたんだ。
君は知らなかった。
君はもう知らなかった。
君はもう君じゃなかった。
だから、こう言ったよ。
だから、こう言ったよ。
君を壊さないように。
君を守れるように。
だから、こう言ったよ。
「人違いだったよ、ごめんね」
笑顔で。
ぱしゃぱしゃと水の跳ねる音。
ああ、水たまりを踏んだんだ。そう、頭の片隅で思った。
しばらくして、人気のないところで走るのをやめた。
自分が酷く冷静になった。
呼吸が荒いな。
目に水が入りそうで入らない。視界がぼやける。
靴の中に水がしみ込んで、もう足先には感覚がない。
はあ、とため息を一つついた。
逢えた瞬間に終わる恋って、切ないね。
最初から叶わないと解っているのに望む恋とどっちが哀れだろう。
今更のように体の芯が冷えてきて、逆に冷たさがちょうどいい。
胸の中心が、きゅっと痛い。
頭の中はどす黒く、目の前が物凄く熱いような気がするのに腹の底は冷え切って。
ああ、僕は気づくべきだった。
―君を壊さないように。
―君を守れるように。
そんな覚悟なんて、これっぽっちもなかった。
歯車は、すでに狂いだして、全速力で回りだしてた。
…気付かなかっただけで。
はは。
結局僕は、同じ過ちを繰り返してしまっただけだった。
はは。