白すぎる兎
「由奈、」
…何考えてるの?
言いながら、彼はページをめくろうとした私の指にそっと手を添える。
昼休みの、人気のない、古めかしい図書室。
面白みも何もない、本があるだけの場所。
私の探しているモノが、見つかるかもしれない場所。
そんな、彼にとっては行く価値なんてカケラも見当たらない場所。
だというのに、頻繁にここに訪れる彼は、かなりの変人だ。
前にそう言ったら、「由奈に会いに来てるんだけど」と少しむっとした顔をされた。
落ち込んだとき、嬉しい事があったとき、ただなんとなく、彼はここに訪れる。
そしてくるくると表情を変え、そしてたまに過剰とも思えるスキンシップをする。
気分は、重度のシスコンの弟をもつ姉だ。
けれど、懐かれるのも悪くない―そう思ってしまっている時点で、私だってかなりの変人だろう。否、過去の記憶がなんだのかんだのという会話が成立してしまえる時点で、既に普通というカテゴリからは盛大にはみ出してしまっているだろうが。
「私って、」
ぼんやりと答える。
「『兎』っていうものに分類される存在なのかな、って」
口端がやや引きつり、眉毛もややひきつり、彼の顔が正しく「はぁ?」という顔になる。
「というかね。なんというか、…兎ってそもそもどんな人物―動物?―だったのかなー、って思ってたら、なんて言えばいいのか解らなくなって。…あれ?って」
小首をかしげながらそう話すと、彼は、はぁー、っと特大の溜息をつき、私の手を本から引き剥がして、その本を半ば強制的に閉じた。
「…あのさ。僕が思うに由奈は疲れてるんだよ。…『君が大嫌い』…。もしかして、こんな本読んだから?…これ、人間の性格とはなんぞや、ってこととかについて小難しくこまごまと書いてあるんだったよね。…だから?」
背表紙を見、心底心配そうな顔をする。
彼は私が前世のことを話す事を良しとしない。彼自身もあまり話したくないらしく、私にもなるべくその方向の話題を避けて欲しいようだった。
理由は単純明快。明瞭なモノが一つ、でん、と佇んでいる。
影響されすぎるから。
確かにその通りだ。
前世に引きずられ、今をめちゃくちゃにされ、またすぐにも生まれ変わらなくてはならないなんて面倒くさすぎる。
そんなことをのろのろ考えていると、彼がふむ、と顎に手をやって、さらっと一言。
「そういえばさ。由奈ってここに何しに来てるの?」
ぎくっ。
リアルに心の中でそういう効果音が鳴った。
「本を読みに―」
「嘘つけ。おまえ本嫌いだろ」
…バレていた。
「そうでもないかもしれないでしょ?」
「―そうなんじゃないか…」
カマかけただけ。
彼はしれっとそう言った。
「…いえ。本当に本を読みに来ているのよ?」
これは事実で、しかし、―真実ではないのだと思う。
半分正解で、半分不正解。少し言葉が足りない。嘘はついていないが本当のことを全て話しているわけではない。
「ふーん…」
む、と目の前の顔が不機嫌に歪む。
あ、拗ねる。
咄嗟にそう思った。
「なんかね、秋水架也と九条藍が気になる」
話題ががらりと変わった。
そう思われても仕方がない。けれど、これも関連する事象だ。
「元狼と孔雀…。ねぇ由奈。君僕に喧嘩売ってる?」
「売ってない。そもそもなんで気になるのか解らない。気になりそうだから気にしてみたけど何がどう気になるかさえ分からなくてちょっと気持ち悪い」
ぼけっと宙を見つめながら淡々と言っていると、ぼすっと頭を叩かれた。
「僕が思うにさ、」
出た。
そして、彼がこう言っているときは、大抵彼の答えが合っている。
「…君は酷く鈍感なだけだと思うよ」
ぽんぽん、と頭を叩かれる。それにこてん、と首をかしげる。
「…まあ、分かるまで粘ってみれば?」
その言葉に、そうしてみる、と頷けば、溜息が返ってきた。
…なんでだろう?




