君は僕をあいしてくれるんだね
それからどれくらい経ったか。
進展は何もなく、仮面の下のおままごとは続いていた。
愛していると叫んでも、好きだと口説いてみても、結果は同じだった。
だんだんと、狂いの歯車がめぐりだす。
いつものように廊下を下る。
目指すは図書室。
そこは、今では僕の唯一の楽園。
「兎…?」
力なく呼んで、
「僕、…もう、駄目だ…」
呟くように漏らして、しがみつくように抱きつく。
―苦しい。
どうしようもなく苦しい。
ふとした瞬間に押しつぶされてしまいそうな疼き。そのちりちりした絶望が、きゅ、と抱きとめてくれる腕に徐々に溶かされていく。
抱きついた体のぬくもりが、―心音が、脳にまで浸みこんで刻まれる。
「―僕は、」
勝手な独白が、始まる。
「誰にも必要とされてやしない」
誰にも。
「こんな醜い姿を誰も認めてくれなどしない。嗤うばかりだ。僕は、…自由だったけれど、」
独白が途切れた。
―そう。
自由という事は自身を縛る鎖が一つたりともないこと。裏を返せば、それは完全なる孤立―つまり孤独だった。
「あなたは綺麗よ」
さらり、と柔らかな手が宥めるように髪を梳く。
「透き通るような目が、―夜のような黒が、…私は、好きだった」
懐かしむような声。愛おしむような表情。
「―今は?」
震える声。これは一種の賭け。
たぶん、これに負けてしまえば、僕は一気に坂を転がり落ちるかのごとく、狂いの波に飲み込まれて、すぐさま消えてしまうのだろう。
「今は、…好き?」
瞳を覗きこむ。
澄んだ、漆黒の瞳。光を宿して、どこまでも澄み切っている。
ふ、と瞳の光が和らぐ。
「ええ、」
相変わらず髪をさらさらと梳きながら、彼女は答えた。
「―好きよ」
『スキ』。
そのたった二文字が、どうしようもなく胸にしみた。
好きだとか。
愛してるだとか。
そんなこと、誰かに言ってもらえることなんてなかった。
家族以外の他人は、常に遠い存在だった。
けれど、彼女は―
「……由奈、」
いつもと違って、ちゃんとした名前で呼んだ。
昔の記憶が何だかんだといったところで、所詮今の僕等はただのちっぽけな高校生だ。そして、由奈はそのちっぽけな僕を、ちっぽけなままでちゃんと向かい合ってくれた。
だから嬉しかった。
「…ありがとう」
さらさらと、髪を撫でられるがままになっている。
そうだ。
愛だの恋だの、そんな飛躍した訳の分からないものの前に、僕はいわゆる「トモダチ」というモノさえ知らなかったのだ。段階も踏まずにいきなりそんなところにぶっ飛ぼうとしたところでうまくいくはずがない。
由奈。今はめちゃくちゃに甘やかしててよ。
―そのかわり、君が泣きたいときには、僕が思いきり甘やかしてあげるから。
 




