とある昔話
グロ注意!です!
昔々、狼と兎は仲良しでした。
狼と兎のみならず、全ての動物は仲良しでした。
そこはこれまでにないほどの平和な世界で、争いもなく、誰もが静かに楽しく暮らしていました。
しかし、ある日事件は起こってしまいます。
この上ない幸せが溢れていた楽園は突如として途絶えてしまいます。
草も木も水も大地も、生きとし生ける者のみならず自然と呼ばれているものさえも全てが飢えを訴え、乾きを満たそうと共食いを始めました。
大地は水を根こそぎ吸い込み、樹木は草を踏みつけて枝を伸ばしました。
狐は鼠を捕らえ、その鼠を貪る前に虎に飲み込まれました。
―狼と兎は最後までそれに抗っていました。
けれど、兎は痩せてゆき、その傍に寄り添う狼も、やつれ果ててゆきました。
狼の飢えは、もはや限界でした。
兎はそれを見て言いました。
私を食べなさい、と。
澄んだ眼と柔らかそうな肉が狼の欲をかきたてます。
しかし、かぶりつく寸前のところで動きをとめ、狼は力なく首を横に振りました。
狼と兎は、恋人同士だったのです。
けれど、兎はさらに続けます。
私だけを食べなさい、と。
驚く狼に兎はこう言いました。
あなたが辛そうなのは見たくない。あなたの飢えを私で満たしてあげたい。だから私を食べなさい。けれど私だけを食べなさい。どうか、他の誰かを傷つけないで。もう、他の誰も傷つけないで。だから、どうか私で飢えを満たして。
真っ直ぐに自身を映し出した瞳に、もう狼は抗えません。
とうとう歯車は動きだしました。
兎は喰らわれて。
狼はもうためらいもなく爪を突き立てて。
足から引きちぎり、その柔らかな肉に思い切り牙を突き立て、したたる血を一滴残さず飲み干し、あれ程までに愛の言葉を囁いた恋人を、無情なまでに食い散らかす狼。
悲鳴もあげずに、満足げに愛しい人を見上げる兎。
ばりばり、むしゃむしゃ。
顔は返り血にまみれ、口元は食する快楽に歪み、さらにそこからはよだれと血肉が混じった赤透明な液体が糸を引いています。瞳はもう何も映しだしてはおらず、狂ったように求め続けるどす黒い感情が浮かぶのみです。
身をひそめるようにして隠れていた草たちの上には紅が広がり、いやだいやだと身をよじるも虚しく、草たちはその液体を半ば無理やり飲み込まされます。
ばらばらと散らばる骨は一切肉片が残っておらず、狼はその白い骨さえもしゃぶり、噛み砕いて味わいました。
やがて、兎は死んでしまいました。
狼は、それをみて泣きました。
しかし、目は泣いていませんでした。
口元には笑みさえ浮かべていました。
―それから三日間、狼は耐えました。
柔らかな肉の匂い、甘美な血の誘惑、その全てを敏感な嗅覚が捉えて堪りません。
それでも、狼は兎の最期の頼みを覚えていました。
『私だけを』『私で最後に』
その二つの頼みをただひたすらに自身で繰り返し、狼は三日耐えていました。
けれど、狼は四日目にその最後の言葉を思い出してしまいました。
『どうか、他の誰かを傷つけないで』『もう、他の誰も傷つけないで』
狼は絶望しました。
兎は自分のことを恋人だなどとは思っていなかったのです。
少なくとも、世界の崩壊が始まってからは、そう思ってはいなかったのです。
兎は、私を食べなさい、と言いました。
兎は自らを差し出し、それと引き換えに自らと同じ立場の者を彼の魔の手から守ろうとしていたのです。
兎は。
兎は狼を愛してなどいなかったのです。
狼は絶望しました。
そして、狼は貪り喰らいました。
血肉を、草を、大地を、水を。
全てを貪り続けました。
顎が砕け、体の全ては張り裂けそうでした。
しかし狼は喰らい続けました。
憎くて。
悲しくて。
愛しくて。
どうしようもなくて。
そして世界の狂気は広がり続け、ついには全てを飲み込み、果ててしまいました。
めでたし、めでたし。