あゆみよろうとはしてみたんだ
僕は兎で、君は狼で。それで、どちらもそのことを覚えていて。
これがどれだけの奇跡かなんて、考えなくても分かってた。
一緒にいるのが楽しくて、嬉しくて、何度でも笑った。
でも、最近、君は何か変で。
何かの前触れだと、僕は気づいていたけれど、無視していた。
―全く。何回目だと思ってるんだよ。
そろそろ学習したら?って、我ながら自分が情けなくなる。
何度も何度もそうやって悲劇を起こしてきた癖に、まだ懲りてない。
―だってしようがないよ。
少しだけ、拗ねたようにそう思った。
僕はロウに会えただけで、本当に嬉しくて。
些細なことなんて、もういいや、って思ってしまっていたから。
***
愛しくて愛しくてどうしようもなくて、世間一般で言うようなバカップルみたいな行為も平気でやった。
―一方的に。
ロウは面倒くさそうに、けれど何も言わずに甘んじて受けていたから、それでいいと思っていた。重すぎる愛だと薄々気づいていた。けれど、変える気はなかった。
いつもいつも自分は受け取る方で、それで失敗していたんだろうと思ったから。
けれども。
「別れてくれる?」
そう言われて、世界が凍りついた。
「一緒にいると、疲れるの」
そう言って、彼女は新しい彼氏と一緒にいってしまった。
そんなことをされてしまっては、僕はどうしようもない。
ロウだけが全てで。
ロウだけを愛したくて。
それが人生の全てで。
それが無くなってしまったら、僕には本当に何も残されていなくて。
それならば、ロウを殺してしまおうとも思った。
ロウを殺してしまえば、ロウは僕だけのものでいてくれる。
しかしそれはできなかった。
そんなことをしても僕は救われないだろうことは分かっていた。
けれど追い縋れもしなかった。
みっともなく縋って叫ぶことはできなかった。
これ以上、彼女の負担になりたくなかった。
どうすればいいどうすればいいどうすればいいどうすればいいどうすればいいどうすればいいどうすればいいどうすればいいどうすればいいどうすればいいどうすればいい
不安と焦り。
確かな絶望。
虚無に埋め尽くされ、僕は確実に破滅へと向かっていた。
しかし、
虚無に埋め尽くされたせいか、不思議とその他の感情をさほど感じなくなった。
ぽっかりと虚無が浮かんでいるだけで、別に虚無のほかにどうという感情が浮かぶこともなく、ただ、心が虚ろになった。
笑いたくもなくて泣きたくもなくて怒りたくもなくて無表情でいたかったけど、むりやり楽しんで無理やり輪に入って無理やり声を立てて笑った。
そうしたら友達がたくさんできた。
この仮面の僕を本当の僕と信じる愚かな人間たち。
―バレてはいけない。
けど、救いをどこにも見出せなくて。
昼休みに教室で静かに本を読むのが僕の日課となった。
静かに静かに言葉を心にしみこませて、虚無と同化させて、消してゆく。
そんなまやかしを心のよりどころにして、僕は毎日を過ごしていた。
そんな昼休み、君が彼氏と一緒に来た。
やあ、と彼氏。
当てつけのようなシチュエーション。
こんにちは、と僕は微笑んだ。
―別に何も感じなかったから。
ああ、失敗した、と即座に思った。
普通の人間だったならもう少し影のついたリアクションをするか、顔をそむけて教室から出て行くかしたはずなのに。
けど、もうすでに手遅れ。
彼らは眼を丸くしていた。
何してるの、と君。
本を読んでるんだ、と僕。
なんていう本、と君。
君が大嫌い、と僕。
驚く君に、補足を付け足した。
「君が大嫌い、って本だよ」
じゃあ、と手を振る。
ああ、この時点で気付くべきだったのかな。
感情の起伏が極端に少なくなっている僕は、既に人間として破綻している。
そして、狼を求めなくなった時点で兎としても破綻している。
なのに僕は終わろうとしない。
これは、物語に抗っていることに他ならない。
だから、この先の物語が壊れるとしたら、僕の所為なのだ。
たぶん。




