くるってもかまわない。きみのそばにいたかった
病院側になんだかんだと理由をつけて抜け出し、無理やり理奈の通夜に参加した。
理奈の両親はかなり複雑そうな目をしていて、僕をどう扱ったらいいのか解らないようだった。構わず堂々と居座って理奈を見た。
死に顔にしては綺麗すぎる顔だった。
帰り道に、彼女に刺された。
何で見てくれないの何で私だけをみてくれないの付き合っているのに私たち付き合っているのにあなたはわたしだけのものなのになんでなんでと言って正直疎ましかったのでナイフを奪い返して彼女が刺した場所の上から刺しなおした。
痛かったけれど「彼女が刺した傷」が残るのが嫌だった。
僕に残る傷痕は理奈のものだけでいい。
理奈以外の誰かの傷がつくなんて許せない。
死ぬのは別にどうでもいいけれど、理奈ではない誰かの傷で死んでしまうのだったら、それは耐えがたい屈辱だった。
―あ。
河だ。
そのとき、いいことを思いついた。
今ならばさっきできた刺し傷に加えて理奈がつけた傷跡も開くに違いない。
そうなれば、理奈の傷で死ねる。
そう考えた僕は、躊躇いなくナイフを腹から引き抜いた。
地面を蹴って、飛びこむ。
冷たい。
あと、服が重い。
包帯の上から思い切り深く指を食い込ませて、閉じた傷跡を無理やり開かせた。
冷たい水がいきなりしみ込んでくる、激痛。
意識が飛びそうな痛み。それが理奈から与えられているような、甘い錯覚。
切り裂かれた痛みと、控えめな口づけが甦って来る。
理奈。
ごぽりと、唇だけが彼女の名前を象る。綴られる音の連なりは、形をなすことなく水中で泡となって弾けた。
『羽津さん』
理奈の幻影が笑いながら僕に手を伸ばしてくる。僕は微笑みながら、彼女に向かって手を伸ばした。幻影だとわかっていたけれど、触れられないとわかっていたけれど、それでも、手を伸ばさずにはいられなかった。
理奈。
もう一度唇を動かして、薄れゆく意識の中、強く願った。
―連れてって。
相変わらず僕は笑っている。けれど、霞む視界で、笑っていたはずの理奈の幻影はいつのまにか泣いてしまっていた。
泣きながら、ダメだとしきりに繰り返していた。
僕は構わずに手を伸ばした。逃げようと背をむけた彼女を思い切り抱き締めた。
ごめんなさい、と腕の中で聞こえた。
僕は彼女を逃がさないために腕に力を込めた。
これが虚構でも構わないと思った。
僕は理奈に追いつくことができたのだ。
僕は、最後の時間を彼女に捧げることができたのだ。
でも、願わくば。
からんという音が傍で聞こえた。きつく抱きしめていたはずなのに、どうしようもなくて、腕が緩んでいく。けれども、僕は傍に理奈の気配を感じていた。どうやら理奈は相変わらずそこにいるようだった。
―願わくば、もっと早く気づきたかった。
そうすれば、もっと愛してあげられたのに。
僕はそんなことを考えていた。
ぶつり、と意識のきれる音が聞こえた。




