妖怪小話 4
『ひだる神』
あれは――――――――小学三年生の、夏休みのことだった。
「いいがぁ、モラ太。山ん中にゃ神さんがいてな、
憑かれっと腹減って動けねくなっちまうんだ。そんときは、」
「分ぁかってるよ!ばあちゃんいっつも言うけどさー
そんなんいねーし!!んじゃ行ってきまーす」
「・・・暗ぐなる前に帰ってくんだぞ。気ぃ付けでなぁ」
「ヒャッホーイ!カブトムシ待ってろよぉおー!」
「よし、今日は奥のほうまで行ってみよーっと。」
「・・・・あれ?どっちから来たんだっけ?」
「・・・ん?おなかすいた・・・おやつ食べてきたのに
いったん戻ろうかな・・・あれ、気持ち悪・・・・・」
「あー・・・おかしいな・・・・これ・・・・・」
「ひもじいか?」
「・・・!!あ・・・ひっ・・・ひだる・・神・・・・?」
「おんやぁ、珍しいな坊主、俺のこと知ってんのかァ」
「知ってるよ!憑かれたら、お腹がすいて動けなくなるって!」
「ホントだったんだ!で、でも僕知ってるもん」
「な、なにか一口食べれば、大丈夫だって・・・・」
「だから、ばあちゃんがいつもお菓子を持たせてくれるんだ」
「そうだ、よく知ってるなぁ。いいばあさんだなァ。」
「でもそれだけじゃねぇんだなぁ」
「・・・人間ってやつはよぉ、欲があんだろ?」
「う、うん・・・・あ、治った」
「俺ぁな、その欲望って名前の入れ物に、穴を開けんだよ」
「ひもじいのは何も食欲だけの話じゃねぇ・・・・・」
「抑え込んでる欲望をなぁ、ぶわあっと解放してやるのさ。」
「面白ぇんだ、これが。良くも悪くもでけぇことすんだよ・・・・・・」
「な、なにそれ・・・・・」
「・・・・がむしゃらに地位と名誉を求めて国滅ぼしたりなぁ」
「手に入らないもどかしさに人殺しまくって自分も死んだりなぁ」
「現実そっちのけで妄想の中で幸せに暮らしてる奴もいらぁな」
「あ・・・・・・ぁ・・・」
「人間は貪欲だぁ。いくら抑えたってな
契機さえありゃあむき出しになんのよ。」
「いくら入れても満たされぬ。
そしたら人は何をする?ってなぁ」
「おめぇは、何が欲しいんだ?
―――――――――何を求めてる?」
「・・・・タガ外してやるよ。見せてくれよ」
「あ゛ッひ・・・・・」
「あ・・・はフッ、ふひ、ぃ?」
「ふひっ、えへはッ、かっ、かかかクカカかカッ!!」
「カブトムシとるぞぉおーーー!」
「普通のののカブトムシ、じゃあ満足できない、いッ」
「あ、見っけけけ、みみみ、わぁい」
「えへへへへめずらしいかぶとむし。」
「おいおい、そりゃゴキブリだぞ・・・・」
「えへへ、ごきぶりむし?いいえ、かぶとむし。」
「ちっと幼すぎたなぁ。こんなガキに野心なんてねぇかそりゃ・・・」
「ヨイショっと」
「う・・・・んんー?」
「うわぁ!ゴキブリっ!!」
「ったくよぉ、国取りならまだしも、
虫採りなんてつまんねぇことやってられっかよ、阿呆が。」
「・・・・おい、もう黄昏時だぁ。そろそろお家に帰りな。」
「大人ンなったらまた来いよ。遊んでやっからよ」
「じゃぁなーァ。」
「・・・・えっ」
「あれぇ!?」
それから何度も山へは行ったけど、2度とあいつに会うことはなかった。
数年後、祖母が他界して、あっという間に僕は大人になってしまった。
「お疲れ様でーす。あーようやく午後かぁ~」
「あれ、モラ太、さっき課長が探してたぞ?」
「え~?あ、そうだ、忘れてた・・・・」
「おめぇはハングリー精神がたんねぇんだよっ!」
「何年社会人やってんだ!?聞いてんのか、のろま!!」
「ハーイ、大変申し訳ないっす・・・・」
「何だその返事は!ったく、さっさと車まわしてこい!!」
「午後イチでS山の土地確認だって決定しただろうがっ!」
「めんどくさい・・・あーあ、僕が出世しまくって、あのハゲをあごで使ったり、
他部署の女の子たちにキャーキャー言われたりさ・・・できないもんかなぁ。」
「取引先の奴らがヘコヘコしてくれたりさー。」
「だいたいハングリー精神ってなんだよ。」
「あーめんどくせぇー!だいたいS山って・・・ん?S山?もしかして・・・・」
「しっかし田舎だなぁ~。ま、開発しがいがあるよな。」
「おい、モラ、寝るなよ?帰りはお前が運転だからな?」
やっぱり、あの山だ・・・。あいつ、もしかしたらまだいるんだろうか?
「大人になったら」みたいなこと言ってた気がする。もしかしたら・・・・
「うぉっ、モ、モラ、ちょっと催した!木陰で用をたしてくるから!」
「お前先に行ってろ。離れてろよ?見るなよ?」
「見るわけないっすよ・・・早く行ってきたほうがいいっすよ」
「ああもう・・・・・ったく」
「確か・・・このへんだった、よな・・・?」
「ひ・・・・ひだる神ー!ひだる神!いるんだろ!?」
「よぉ・・・・・久しぶりだなぁ?何か用か?」
「ひだる神!やっぱり・・・・いたんだ。」
「そりゃあいるさァ。お前、随分とでっかくなったなァ。」
「僕、今ならいろんな欲望抑え込んでるんだ!」
「お前はそれを解放してくれるんだろ?!」
「何ィ?俺ァな、お前を幸せに導いてやる福の神様じゃねえぞ
やりてぇことあんなら、てめぇでやりゃあいいじゃねぇか。」
「うんざりなんだ、もう。でも自分だけじゃ怖くて・・・・
やっぱりどっかに理性があって、だから、だから・・・・」
「解放してどうなる?お前は俺に何を求めてんだァ?」
「だって、大人になったよ、僕にだってそれなりの野心が
あるんだよ、あんなハゲ課長の下にいたくないしさ、」
「俺が憑こうが憑かまいが、お前は変わんねェよ
お前に憑いたって面白くもなんともねぇだろうしなァ」
「え、ちょっと待ってよ、行かないで」
「つまんねぇなあ、つまんねぇ大人になっちまったなぁ、」
「アッハハ、ハハハハハハハハハハ!」
「クカカカッ、かかカ、アハハハァ、くだらねぇなァ!」
「じゃあな~。」
「あ・・・・・・・・・・。」
「何だよ・・・なんだよ、なんだよぉ・・・・・」
~終~