どうぶつの国
2021.8.26 推敲しました。
休日のため人々で賑わっていた巨大モールが、突然真っ暗になりました。
全ての電気が消え、にんげんたちは一斉に悲鳴を上げました。
子供の泣き喚く声、女性の耳を劈く様な悲鳴があちらこちらで上がり、周囲は騒然となりました。
「静粛に!」
突然、凛とした響き渡る声が聞こえました。
暗闇でしたが、マイクを通しての声に聞こえたので、にんげんは店舗責任者か警備会社からの避難命令だと思い、静かになりました。
大人しく指示を待とうと思ったのです。
停電なら非常電源が作動するはずだから直ぐに明るくなるだろうと、誰かが言いました。
その言葉通り、突然眩しい光に包まれました。
にんげんたちは目を痛め、悲鳴を上げました。
何度か瞬きしましたが、目の前の黒い点がなかなか消えてくれません。それでもようやく状況が見えてくると、幾度目かの悲鳴を上げました。
「お静かに! まったくもって見苦しい」
巨大モールにいたはずなのに、高い檻で囲まれた薄汚い場所に所狭しと押し込められていました。圧迫され小さい子供は更に泣き喚きましたが、大人もこのような状況に泣くか悲鳴を上げるかしか出来ませんでした。
乗車率二百パーセントの満員電車よりも酷いです。歴史の中で行われた拷問に似ていました。
しかも、にんげんを見下ろしていたのは自分たちよりも大きな動物でした。猫に犬、兎に鳥、亀などもいます。夥しい数の巨大な動物たちが、にんげんを憎悪に満ちた瞳で見下ろしていました。炯々とした無数の瞳に、もう悲鳴すら上がりません。
怖ろしくて、失禁したり失神する者も出てきました。
「これより審議を行う! 一人目!」
真っ白な犬がそう告げると、にんげんの一人が無造作に持ち上げられました。声にならない叫び声を上げ持ち上げられた中年の男を、動物が一斉に見つめます。
「このモノ、公園を住処にしていた猫に灯油をまき、マッチを投げ捨て生きたまま燃やした。……赦すまじ! 死刑執行」
言うなり、中年の男に液体がまかれました。下にいた他のにんげんのところにも、液体が飛散しました。その独特な臭いから、灯油だと判断出来ました。中年の男は嫌というほどそれが分かったので、言葉にならない命乞いをしていましたが、動物が投げたマッチによって一気に燃えてしまいました。
この世のものとは思えない断末魔をにんげんは耳を塞ぎ聞いていました。塞いでいても、どうしたって聞こえてきます。
やがて、にんげんたちは泣きながら耳から手を離しました。何処からともなく、黒い燃えた何かが降ってきました。
「次、二人目!」
その声ににんげんは悲鳴を上げましたが、逃げることなど出来ません。次いで、中学生の男の子が持ち上げられました。すでに気を失っているようで、動きませんでした。
「このモノ、玩具の鉄砲で動物たちを狙撃した。目にあたり失明した猫・犬多数! 電線に止まっていた鳥も翼を折られ落下し、首の骨を折って死んでしまった! ……赦すまじ、死刑執行」
言うなり、男の子に向けて動物たちは何かを構えました。
それが鉄砲だと下のにんげんたちには分かりましたが、男の子は幸か不幸か気を失っています。銃弾を浴び無造作に投げ出され、地面に頭から落ちて死んでしまいました。
にんげんのいる檻前に落下してきたので、それを見た数人は泡を吹いて倒れてしまいました。
「次、三人目!」
ようやく、にんげんたちはどういう状況か理解出来ました。
ここが何処かは分かりません。しかし、過去に動物を虐待した者は同じ目に遭わされるということは明白でした。心当たりがあるにんげんたちは捕まらないように必死に身体を動かしますが、無意味なことでした。
持ち上げられたのは、身なりの良い小太りの中年女性でした。青褪めて怯えきっており、何かしたのだなと、皆は思いました。
「このモノ、可愛いからとペットショップで仔猫を多数購入するも、身体が大きくなったり言う事を聞かなかったりすると、殴る蹴るの暴行に加え棄てていた! だが、大変遺憾な事に世間では優秀な猫飼いだと賞賛を浴びている! ……赦すまじ、死刑執行」
女性は、檻から離れた場所に投げ棄てられました。そこには、砂がまいてある簡易トイレがありました。猫が「そこで排泄なさい」と淡々と告げると女性は必死に首を横に振って抵抗しました。すると、動物達は一斉に怒りながら女性を叩き、殴り、足で踏みました。そして檻の前に投げ捨てました。
「次、四人目!」
高校生の少年が持ち上げられました。動物たちに罵声を浴びせていましたが、無意味です。
「このモノ、犬の首を切断した! いや、犬猫兎だ、更に四肢の切断も行っている! ……赦すまじ、死刑執行」
言うなり、その少年の身体は容易くバラバラに斬られてしまいました。
「五人目!」
「六人目!」
にんげんたちは抵抗など出来ず、数人が呆気なく死んでいきました。ここまでくると、皆は諦めつつありました。
これは因果応報、自分たちが行った結果です。
「次、十一人目!」
大人しそうな、初老の男性が持ち上げられました。
にんげんたちは絶望していたので、どうでもよくなってきていました。
「このモノ、……なんと、最多の動物を死なせている! 猫、犬、兎、雀に、鳩、アライグマに狸……! ……赦すまじ、死刑執行」
また一人、死んでしまうのだ。
誰かが半ば狂ったように濁った瞳でそう呟きました。
しかし、何も起きません。
動物たちも騒然とし、困惑気味に皆で相談をしています。
やがて、暖かな布が差し出され、初老の男性がそれに丁寧に包まれました。さらに様々な食べ物が出てきます。
ようやく人間たちは今までと違った光景に顔を上げ、彼を不安げな瞳で見つめました。
「これは一体どういうことだ! 動物を死なせた時と同じ状況になるのだろう!?」
「……こちらの書類を」
今にも食い千切りそうな勢いで初老の男性を見ていた動物たちでしたが、狐が差し出した一枚の紙を見て息を飲みました。
男性は怯えもせず、怖がりもせず、ただ「ごめんよ、ごめんよ」と泣きながら誰かに詫びています。
「このモノは。……棄てられていたり、怪我をしていたり、車に撥ねられた動物を見つけると引き取って懸命に世話をしていたようです。この中で最多の動物の“死を看取った”にんげんですが、殺したのではなく、助けられなかったもようです」
人間にも動物にも、男性の人生が見えました。檻の上に現れたスクリーンに、全てが映し出されています。
そこには、段ボール箱に棄てられていた猫を拾い、持ち帰ってタオルで暖めミルクを与える姿が。
河に流されていた段ボール箱を必死で濡れながら追いかけ、中に居た子犬を助ける姿が。
池に巣ごと落ちてしまった小鳥を、泳いで救う姿が。
育児放棄されていた仔猫を保護し、里親を探す姿が。
そして動物虐待を訴え、懸命に活動している姿が。
静まり返ったその場に、声が上がりました。
「お父さん、お父さんだ!」
その声に、皆は一斉に注目します。
様々な種族が口々に声を上げていました。
「僕です、太郎です!」
「私は花子!」
男性が目を大きく開きました。茶色と黒の老犬です、見覚えがありました。
「おぉ、太郎に花子! 本当かい、本当に!?」
「はいっ、お久しぶりです! ほら、貴方が助けた子たちもいますよ」
それは、男性が共に過ごしていた犬たちでした。老衰で看取った犬と共に居たのは、かつて彼が救えなかった動物たちです。
「あの時はありがとうございました! 寒くて震えていた僕を暖めてくれましたね」
「いや、助けることが出来なかったよ」
「それでも、嬉しかったです。幸せでした」
口々にお礼を言う動物たち、それを見ていた他の動物が涙ぐみます。
太郎と花子は、他の動物に訴えました。
「お父さんは何も悪いことをしていません! どうか助けて下さい」
その切ない訴えに反対する動物は、いませんでした。
「判決! 十一人目どうぶつの国より釈放決定!」
しかし、男性は首を横に振りました。真っ直ぐに動物たちを見渡し、優しい声で語りかけます。
「お願いです、どうか今無事な方たちも解放してください。もしかしたら、罪があるかもしれませんが、罪ならば私とてあります。誰にだって罪はあります。大事なのは、ここからだと思うのです。それに……私だけ戻るのは心苦しいです」
まさか他の人間も助けるよう求められるとは思っていなかったので、動物たちは驚愕しました。確かに、善い人間であればそう言うでしょう。彼にとって、動物も人間も同じなのです。
とはいえ、了承することは出来ません。動物たちは険しい瞳で首を横に振りました。
「駄目だ、その願いは申し訳ないがお受けできない」
「どうかお願いです、御慈悲を。動物を救う為には、同じ気持ちの人間が多く必要なのです。彼らもわかってくれた筈です。きっと、これからは救いの手を差し伸べてくれます」
「うーん……。しかし、『同じ命なら動物だけではなく、昆虫も』などと言うにんげんもいる。確かにそうなのだが、知恵がある分余計なことをにんげんは考えてしまう」
「確かに、故意に昆虫を殺すことは同等です。ですが、害虫を殺虫することは仕方がないとも思います。また、動物であれども畑を荒らしたり、人を襲ったりした動物はやむなく殺されてしまいます。しかし、人間同士でも悪い事をしたら死刑という重い刑罰があります」
必死の訴えに、皆は聞き入りました。
「問題は、意識ではないでしょうか。その場にいた何もしていない動物を“人間の腹癒せ”で殺してしまうのと、血を吸われたので蚊を叩き潰すのとでは意味が違ってくると思います。子供の頃から命の尊さを教えていく事が、私たちの課題であると思います。ですからどうか、皆を助けて下さい。人数が必要なのです、人間は非常に脆弱な生き物です。一人では、何も出来ないのです。それなのに、地球上を我が物顔で歩いております。……共存していかなければならないのに」
動物たちは、眉間に皺を寄せて会議に入りました。
気が遠くなるような長い時間を、人間は待ち続けてました。その間、生きた心地がしませんでした。皆、後悔することが心にあったので恐怖で身体を震わせていました。
ようやく、動物たちが静まり返りました。
耳の奥が痛いほどの静謐な空気が、周囲に満ちます。
判決が出たと分かった人間は、固唾を飲みました。
「……その者の心と全ての行動において。にんげんを釈放する、去るが良い!」
途端、人間は歓声を上げました。
口々に初老の男性に感謝を述べました。
「いや、礼は動物たちに。私は願い出ただけですから」
当惑し微笑みつつ、喜びを分かち合いながら、初老の男性は自分が愛した動物たちに深く頭を下げました。
気になったのは、寂しそうにこちらを見ていた白い犬です。
「我々も、そなたのような人間と共に暮らしたかったよ」
気持ちが分かったのか、そう言って微笑んだ白い犬が哀愁漂う瞳でそう話しかけてきました。
初老の男性の脳裏に、その犬の記憶が流れ込みます。ペットショップで売られていたのですが、買い取られることなく成長してしまったので、殺処分されていました。
男性は最期の光景に耐えられず、額を押さえて号泣し、激しく白い犬に謝罪しました。
周囲の動物たちも、悲惨な生き様でした。男性は嗚咽を漏らしながら、そんな目に遭ったにも関わらず人間を助けてくれるという広い御心に平伏さずにはいられませんでした。
「それは、貴方と共に過ごした動物からいかに幸せだったのかを聴いたからだよ。……本当に幸福であったと、皆必死に訴えていたのでね」
やがて、周囲は真っ白な光に包まれました。
初老の男性は、今まで共に過ごしていた家族である犬や猫の名前を全て呼び、手を伸ばしました。
「ありがとう、お父さん!」
そんな声が幾多も聞こえてきました。
人間たちは巨大モールに戻っていました。
けれど、夢ではなかったようです。
報いを受けて死んでしまった数人は、その場にいませんでした。戻ってこられたことを喜びつつも、どう行動してよいのか分からず初老の男性を頼り視線を向けます。
涙を流しながら、初老の男性は小さく呟きました。
「出来ることをしていきましょう。誰にでも出来ることは、動物は玩具ではないという意識。彼らは、同じ生き物です。人間を、そして動物を虐めることは犯罪」
皆は大人しく聞いていました。当たり前のことなのに、何故罪を犯すのでしょう。
「ペットとして家に迎え入れるのなら、最後まで愛情を持って我が子として育てましょう。言葉が通じないので、言う事を聞かないのは当たり前です。そもそも、言葉が通じる人間ですら、意思の疎通が図れないことがあるでしょう? 腹を立てずにゆっくりと歩み寄りましょう。彼らにとって、あなたたちはかけがえのないもの。ご飯を与えられなければ、死んでしまいます。人間のように、お金でご飯を買う事など出来ません。彼らには、あなたしかいないのです。また、ペットを購入する前に、棄てられてしまった子たちを迎えることも視野に入れてみましょう。
問題は山積みです、ペット産業がある限り、哀しい末路を辿る動物たちはなくならないでしょう。ですが、そのことを頭に置き、子供たちに伝えていくことが大事だと思います。
そして、人間に食われる為だけに産まれ育てられている動物も命があるのですから、ありがたく口にして、感謝を伝えましょう。“命を頂きます”。一人一人の意識が大切であると……私は思っています」
初老の男性は歩き始めました。
彼が背負っている不釣合いなほどに大きいリュックサックには、家にいる保護した犬や猫の食事が入っています。
「さぁ、家族のもとへ帰ろう。きっと、お腹を空かせているね」
お読み戴きありがとうございました。
先日、関西にあり閉店したウサギカフェの件で嫌気が刺し、度々起こる意味不明な動物達への無残な仕打ちを思い出し、書き綴りました。
途中で嫌になったので数人でやめてしまいましたが、実際にニュースなどで見たことばかりです。
私も偉そうなことが言えるような人間ではありません、が、どうか哀しい思いをする動物達が減ることを祈って。