第8話:私のせい
家に帰ると、母は寝転がってテレビを見ていた。
「ただいま。ご飯はまだ?」
「なんか適当に食べなさい」
母は頭をボリボリかきながら面倒くさそうに言い放った。
母も変わってしまったんだ。以前は夕食を作らない日などなかった。それどころか、母の作る食事はどこへ出しても恥ずかしくない、味も、見た目も、栄養も、何もかもが完璧な食事だった。そして、そんな母は春奈のちょっとした自慢でもあった。
「どうして夕飯作らないの?」分かりきったことを質問する。しかし母は何もいわない。
「ねえ、お母さんってば」
「うるさいねぇ、まったく。お父さんがあんなことになったのも、あんたのせいなんだから。あたしに文句言わないで」
母は一気にそう言ってのけた。
私の、せい。
どうして。
なんで。
私がいけないの?
私の責任?
春奈は自室にこもった。布団を頭からかぶって、母の言葉を反芻していた。
私が悪いんだ。私のせいでリストラにあった。私のせいで母に暴力を振るった。私のせいで人を殺した。私のせいで母もおかしくなった。何もかも私が悪いんだ。誰が私を必要としている?誰も必要としていない。学校でもそうだ。誰も私と話そうとしない。誰もが私を無視する、いじめる。私はこの世にいても意味が無い。むしろこの世にいてはいけない。そういう存在なんだ。
春奈は近くにあったカッターナイフを手にした。布団にくるまったまま、カッターナイフを見つめた。そして、自らの手首を見つめた。その後はどうしたのか、春奈は自分でもよく覚えていない。唯一言えることは、翌朝、春奈がいつもどおりの時間に目覚めると、彼女の布団が真っ赤に染まっていた、ということだけである。
記憶が、つながらない。
いつもどおり、春奈は学校に行った。