第7話:ひとり
父が変わってしまったのは、つい数ヶ月ほど前のことだった。私が高校に入ってしばらく経ったころ。父は朝、仕事に行かなくなった。会社をリストラされたのだ。そのときは私も心配した。これからどうやって生活していくんだろう、と。だが、まさかこんなことになるとは、そのときは思いもしなかった。
それ以来父は、酒ばかり飲んでいた。就職先を探そうと努力したことも幾度もあった。だが、そう簡単に仕事は見つからず、ただ鬱憤がたまっていく一方だったようである。そしてついに、父は、あの優しかった父は、母に暴力を振るうようになっていった。それからは、もう何もかもメチャクチャ。思い出したくもない。とにかく家の中は荒れ果てた。
そんな最中、この前の殺人事件……。たしかに、父が豹変したことは近所の人も薄々感づいていたはず。それに、目撃証言が重なれば、容疑者としては十分だ。実際、警察の話でも、その目撃証言というやつがかなり問題になっているようだった。
でも、父は犯人じゃない。だって、あんなに優しい人だったんだから。まさか人を殺すなんてこと、出来るはずがない。絶対に父は犯人じゃない。
翌日、学校に行く。生徒玄関でいつもどおり靴を脱ぐ、そこまでは良かったが、その直後、あることに気づいた。上履きがない。これはさすがに予想していなかった。そう来たか。相手にされないだけならまだ良いが、物理的な攻撃となると避けられない。きっとこれだけじゃないだろうなと思いながら、黙って教室へ向かう。思ったとおり、机には無数の落書きがあった。
いわゆる――いじめ。
自分がその対象になるとは。脱力感が私を襲う。どうしよう、このままじゃ……。でも、どうすることも出来ない。春奈にはそれがわかっていた。いままでこんな例をいくつも見てきたからである。
とりあえず今日の時点では、授業に支障はなかった。時の過ぎるのをひたすら待ち、放課後すぐに美術室へと向かった。今のところ学校では部活しか気のおけるところはない。美術室につくと、昨日とはちょっと雰囲気が違った。というより、私を見る目が変わった。先輩たちの間にも、私の、私の父の噂が流れ始めたのだろう。まあそんなことは別によい。そそくさと準備に取り掛かる。
部活の時間はいつもと変わらず、普通に通り過ぎて行った。今日もしばらく残って描いていこう。そう思い昨日と同じようにスケッチブックを開き、描いていく。またも絵に熱中する私。結構好きなんだよね、絵を描くのって。なんだか楽しい。そして、時間はあっという間に過ぎていく。
気づくと、時計は昨日帰った時刻とほぼ同じ位置を指していた。そろそろ帰ろうかな。そう思いつつ廊下を振り返る。今日は誰も来なかったか。まあ当たり前だけど。昨日も今日も一人で帰る。これからもきっと、私は一人寂しく下校するんだろうな。そんなことを考えながら家路に着いた。