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第6話:殺人犯の

前回までは『佐藤亮介』の視点で書かれていましたが、今回から『河原春奈』の視点で書かれています。よって今回から一人称は春奈を指します。ご注意を!

なんてあっけないんだろう、と春奈は思っていた。昨日、私がぽかんと口を開けている間に、私の周りは劇的に変わってしまった。早朝の来客、と思えば、逮捕状を手にした捜査員だった。そして、あっという間に春奈の父、河原康利は手錠をかけられてしまったのである。そんなことを考えながら自転車を学校へと走らせていた。

「おはようございます」

「おう、おはよう」

自転車を駐輪場へ入れると、いつものと変わらぬ場所に立つ先生に挨拶する。いつだったか、この先生に、遅刻だぞ、と言われたときのことが懐かしく感じられる。それはど、ここ数日の私の日常はめまぐるしかったんだろうな、と思った。慣れた手つきで上履きを取り出す。

「あ、おはよう」

春奈は数日振りに会った友人に声をかけた。しかし、

「お、おはよう……」

と彼女たちは小声でつぶやくと、そそくさと階段を上って言ってしまった。まあ、仕方ないかな、と春奈は思っていた。今のところ私は、犯罪者の――それも殺人犯の――娘なのだから。



春奈がここまで落ち着いて事実を受け止めることができているのには理由があった。それは、父は絶対に犯人で名はない、という確信があるからだった。そう、父は絶対にそんなことをする人じゃない、私が一番よくわかっている。


教室の前までたどり着いた。ひと呼吸おき、春奈は覚悟を決めて教室に入る。案の定、教室は一気に静まり、全員の視線が突き刺さるように春奈に注がれる。春奈はそれをまったく気に留めない振りをして、自分の席に着いた。

まったく、みんな私を蔑むような目で見て。どうしてすぐこうなるのかな。

春奈は考えていた。父は犯人ではないし、まして私自身は容疑者でも何でもないのに。まあいいや、あと何日かすれば真犯人が見つかるはず。それまでの辛抱だ。父もすぐに帰ってくるさ。そう思い、春奈は一時間目の準備に取り掛かった。




春奈は授業を終え、美術室へと向かった。部活である。入り口付近にいた先輩たちと適当に挨拶を交わし、自分の席に着いた。全員がそろうまでは準備をしながら待つ。春奈がバッグを開いたとき、ひとつ上の先輩、小谷陽子が声をかけてきた。

「河原さん、コンクール用の作品はもう仕上がってるんだっけ」

「はい、完成してます」

「そう、それなら、今日は先生が来たらたぶんデッサンやると思うよ」

「そうですか、わかりました」

と、笑顔で返し、さまざまな濃さの鉛筆を取り出す。

小谷先輩はまだ知らないんだ、あの事件の犯人のこと。でなければ私とあんなに普通に話すことはできない。嬉しいような、でもなんだか自分が先輩をだましているような、そんな気分になった。


先輩の言うとおり、美術部の顧問は、コンクールに出品する作品が完成している人とそうでない人に分け、完成している人には基本であるデッサンをさせた。この部は案外、先生の権力が強くて、ただやりたいように絵を描いていればよい、というわけではない。先生が常に仕切り、その中で絵を描いているという感じだ。


先生が部活の終わりを告げる。だが、その後も春奈はしばらくスケッチブックに4Bの鉛筆を走らせていた。みんなと同じ時間帯に帰るのはどうも気が引ける、というのがその理由だ。帰宅ラッシュが終わるのを待って、それからひっそりと帰ろう、と。

しばらくの間、春奈は目の前の静物を紙の上に再現するのに熱中していた。何分経っただろうか、突然後ろから人の声がして、ふと我に返った。

「あれ?」

と、美術室を覗き込む男子を、春奈は見た。その男子とは、紛れもなく佐藤亮介であった。

「あ、えっと……佐藤くんかぁ」

と、とっさに言葉を発する。亮介はちょっとびっくりしたような表情を見せる。声をかけてから私だとわかったのだろう。亮介はこんな言葉を返してきた。

「亮介、でいいよ、呼ぶとき。あ、河原さん、一人?」

自分のことは名前で呼べ、と言っておきながら、私のことは苗字で呼ぶ。ちょっと変じゃないか?

「うん」

そっけなく返事をする。

「あ、ごめん、邪魔しちゃった?」

「ううん、いいの」

「――帰らないの?もうほかの文化部はどこも終わってるけど」

「うん、今ちょうど帰ろうと思ってたころ」

「そっか、わかった。じゃあ」

そう言って亮介は立ち去っていった。

そういえば、亮介君は同じクラスだったはず。当然、私の父が逮捕されたことも知っているはず。なのに、普通に話してたよね。まして、彼は殺された修治君ともよくつるんでいたし。なのに……、と春奈は思った。

いや、彼にしてみれば、ただ美術室に一人だけ残っている人を見つけて声をかけた、ただそれだけのことなのかも知れない。でも、春奈はとにかくそれが嬉しかったのだ。


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