第10話:橋
久々の投稿です。なかなか続きが書けなくて申し訳ありません。
亮介は何を話していいのかわからなかった。
「いつもこれくらいの時間に帰ってるの?」
少しかすれた声でやっと話を切り出せたのは、学校の前の横断歩道を渡ってからだった。
「うん、部活の時間が終わってからも描いてるから」
「絵描くの好きなんだ?俺なんか部活が終わる時間になったら、さっさと片付けて帰っちゃうよ」
「え、じゃあなんでこんな時間まで校舎に残ってたの?」
「いや、それは……たまたま今日は……」
その理由は亮介本人もよくわかっていたが、言えなかった。いや、春奈もそれくらい気づいている。気づいていながら聞いたのだ。春奈は小さく微笑むと目線を亮介からはずし、前を見た。亮介は内心ほっとしながらも、もう少しだけ春奈の瞳を見つめていたかったと思った。
黙ったまま、ついに二人が分かれなければならない橋が見えてきた。自然と亮介の歩調が緩んだのは、春奈と別れるのを惜しんでいるからだったが、理由はそれだけではなかった。この橋は、あの日、健太と最後に別れた多田橋にほかならなかった。亮介は春奈のやや後ろを歩いた。斜め前に見える春奈のうしろ姿は、オレンジ色の夕日を反射した川の流れを背景にキラキラと輝き、いつか校舎の窓から見たときよりも、ずっときれいなものに見えた。
ふと見ると、春奈の左手首に傷があることに気づいた。今まで制服の袖に隠れていたのか。しかも傷は1つでなく、複数本が生々しく刻まれていた。思わず尋ねてしまった。
「その手首、どうしたの?」言ってから後悔した。
春奈の顔は一瞬凍りつき、あわてて袖に手首を収めた。
「なんでもないよ、ちょっと怪我しただけ」
春奈は必死にごまかそうとしたが、亮介はさらに追及した。一度聞いてしまったものは仕方がないし、なにより春奈が心配だったからだ。
「怪我?なにをしたらあんな傷になるの?」強い口調で聞いた。
春奈は口元をゆがめて小声で言った。
「リスカ」
「え?」
「リストカット」
亮介は驚いた。まさか春奈が自分で自分自身の手首を傷つけたというのか。信じられなかった。
しかし春奈は、全てを話した。春奈が現在置かれている状況をすべて教えてくれた。父親が逮捕されたこと、母親が変わってしまったこと、それから、いじめられていること。そして、亮介に助けを求めた。
「お願い、信じて、お父さんは修治君を殺してなんかいない、そんな人じゃないの」
亮介は黙ってうなずくしかなかった。
「ねえ、私を助けて、私どうすれば……」
「わかった。俺がいじめをやめさせる。真犯人も見つける」
それがどれだけ無謀なことか、亮介にもわかっていた。しかし、今はそうするしかない。自分の中にたまっている何かを振り払い、自分の中からすっぽりと抜け落ちてしまった部分を埋めるためには、そうするしかない。いや、そうしたとしても元の自分に戻れるとは限らない。でも、今はそうするしかないのだ。