走馬灯のように飛んで行く
「はぁ……ハァ……ふ~、は――――」
感覚を澄ませる。
奴の気配は無い。
「ハァハァハァハァ――――」
「何時まで負け犬の様な呼吸を繰り返しているんですか旦那様?」
「ハァハァ……スー――――はぁハァハァはぁ――――」
ダメそうだな。
『何処へ行ったのだ異界の者よ! 正々堂々我と戦うのだ!』
遠くから叫び声が聞こえてくる。
地下都市の中を反射してくる声の元を辿る事は不可能に近いだろう。
「ほらほら、呼ばれていますよ旦那様」
「僕は……生れも。育ちも。セントリアだよ………イカイという都市も、村も―――記憶には無い………筈だよ」
まあ、呼ばれているのは、たぶん私だから当たり前か。
「さ、そろそろ行きますよ旦那様」
「そろそろ………許してくれない?」
「何を仰っているのか理解できかねます、旦那様」
「だから、その………」
「そうですね」
俯いていた顔が、希望に満ちた顔になる。
しかし―――
「偶然ですよね。勇者の墓を荒らす事になったのも、その勇者が私達を襲ったのも、たとえその勇者を起こしたのが『旦那様』であったとしても―――今のこの状況は偶然ですよね。分かっていますよ、『旦那様』?」
私の言葉の数々によって、希望に満ちた顔は段々と下げられ、ついには地面に到達する一歩手前状態。
私から見ると土下座に見える。
「どうでもいい事は置いてって下さい。走りますよ」
走りだし、周囲を確認。
幸い、勇者は追いついて来る気配も無い。
そう、勇者である。
私達を追ってきている。
私個人を追ってきている。
勇者。もっと言うなら初代勇者。
初代勇者 VS 奴隷少女
どうしてこうなった………
ハッキリ言って比べるまでも無い勝敗。
今、手を引っ張って連れて走っている役立……もとい、足手、じゃなくて、旦那様を捨てて行ったとしても―――勿体ないので囮に使うとしても―――勝てる見込みは1割以下だろう。
それ以前に、奴隷の刻印があるので、旦那様が死ねばきっと私も死ぬ………
「この変態御主人!!」
「僕は何で罵倒されたのか、詳しく説明を要求する!」
意外と余裕あるな………本当に捨てて行こうかと、ちょっと邪な思考が割って入―――
ゴバァッッ!!!!!!!
突然、前方に見えていた曲がり角で、派手な音と、砂煙が上がる。
『おお、此処に居たのか、異界の者よ』
砂煙を振り払いながら現れる勇者。
此処で勇者に割って入られても困ります。
これは、遺書でも書いとけば良か―――
反射的に身を逸らす。
ヒュッン―――
―――ドンッ
耳元を通過して行ったと思われる『何か』は遥か後方。
暗くて確認できない様な場所で音を立てる。
冷たい汗が首筋を伝う。
『ふむ、やはり久しぶりだと感覚が鈍っている様だ。手加減出来ぬかもしれぬが許せ』
いやいやいや、手加減とかされても死にます。
私はただの奴隷少女ですから!
「サ―――「さようなら、良い人生だった」って諦めるの早いっ―――」
ズンッ―――
「ぐ―――――ッッ」
咄嗟に飛んで威力を軽減させたが、相当なダメージ。
景色が随分早く前に向かって飛んで行く。
いや、私が後ろに向かって飛んでいるだけか。
まるで走馬灯のよ―――
「ッッッガハ―――」
痛みと衝撃に顔を歪める。
結構な距離を飛ばされたらしい。
随分飛んでいた気がする。
意識が朦朧として、家族の事が浮かんでは消えていく。
妹、兄、義父、義母、親戚の人たち。
此方の世界に来てからの事。
アイリス、ローブの変態ゲイル、国王、城下町の人た―――
まって、待って、ウェイト、ストップ!
これ本物の走馬灯だよね! 冗談じゃなく、絶対そうだよね!!
走馬灯留まる事を知らず、遂には此処に来る前、売られた所へと辿り着いて―――