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12話 祭りの後

 静かな回廊を進む足音だけが、夜更けの城に小さく響いていた。

 祭りの熱気が嘘のように、城内はしんと静まり返っている。

 高い窓から差し込む月光が、磨き上げられた床に淡い銀を落としていた。

 隣を歩く陛下は、もう狐面を外している。

 その横顔はいつもの冷ややかな皇帝のものに戻りつつあるはずなのに、指先だけはまだ私を離そうとしない。

 むしろ城へ近づくほどに、その力は少しずつ強くなっていた。

 やがて寝所の前で足が止まる。


 「……今日は歩き疲れた」

 

 陛下が低く呟く。

 その声には、公務で疲れ果てた時とは違う、心地よい気だるさが混じっていた。

 

 「はい。……色々、ありすぎましたから」


 私が小さく笑って応じると、陛下は私の手を取ったまま、静かに扉を開いた。

 重厚な扉が閉じられた瞬間、外の世界がすべて遮断されたように静かになった。


 暖かな灯り。

 厚い帳。

 広い寝台。


 ここで二人きりだと意識した途端、胸の鼓動が速くなる。

 

「……来い」


 陛下の声は短い。

 けれど、その瞳には先ほどの花火の下と同じ熱がまだ残っていた。

 寝台へ並んで腰を下ろす。

 近い。

 肩が触れそうな距離。

 いや、すでに触れている。

 互いの体温が、夜着越しにじんわりと伝わってきた。


「……まだ、考えているのか」

「何をでしょう」

「……丘の上の口づけだ」


 陛下は視線を逸らさない。


「忘れられるわけがありません」


 そう答えると、彼女は小さく息を吐いた。


「……なら、今夜も忘れるな」


 次の瞬間。

 細い腕が、そっと私の腕に絡んだ。

 不意を突かれ、息が止まる。

 陛下はそのまま、するりと身体を寄せてくる。

 肩に額が触れ、髪が胸元をくすぐった。


「……陛下?」

「……今日は、お前の温度を感じて眠りたい」


 その一言が、胸の奥を甘く締めつける。

 陛下はそっと横になり、私もそれに続く。

 寝台へ沈んだ瞬間、陛下は待っていたかのように身を寄せてきた。

 繋いだ手だけでは足りないと言うように、私の胸元へ額を押し当てる。

 鼓動を聞いているようだった。


「……ここにいる」


 ぽつりと落ちた声。


「はい。ここにいます」


 答えると、陛下の腕が遠慮なく腰へ回る。

 ぎゅ、と抱き寄せられる。

 皇帝としての威厳も、冷徹さもない。

 こんなふうに甘えられるとは思っていなかった。

 けれど嫌ではない。

 むしろ、胸が熱く満たされていく。


「……お前も」

「え?」

「……私に触れていろ」


 少しだけ拗ねたような声音。

 私は微笑み、陛下の背へそっと腕を回した。

 華奢な背中。

 けれど芯の強さを感じる身体。

 その瞬間、陛下がほっとしたように息を漏らした。


「……これでいい」


 吐息が首元をかすめ、くすぐったい。

 しばらくそうして抱き合ったまま、どちらも言葉を失っていた。

 ただ、触れているだけで十分だった。

 やがて陛下がわずかに顔を上げる。

 金の瞳が、すぐ近くで私を見つめていた。


「……セシリア」

「はい」

「……おやすみの印がしたい」


 その言葉の意味を理解した瞬間、頬が熱くなる。

 だが陛下の瞳は、冗談ではない。

 私はゆっくりと顔を寄せ、今度は私から、そっと額へ口づけた。

 羽のように軽い感触。

 陛下の瞳が、驚いたように見開かれる。


「……これで、よろしいですか」


 一瞬の沈黙。


 次の瞬間、彼女は頬を赤くしながら私の胸元へ顔を埋めた。


「……ずるい」


 くぐもった声。


「……お前からされるなど、聞いていない。……それでは、眠れなくなる」


 そう言いながらも、腕の力はさらに強くなる。

 甘えるように擦り寄られ、私は思わず髪を撫でた。

 さらりとした感触が指を抜ける。


「…………」

「嫌ですか?」

「……嫌ではない。……もっと」


 思わず笑みが零れる。

 こうして触れていると、普段の皇帝とは別人のようだ。

 しばらく髪を撫で続けているうちに、陛下の呼吸はゆっくりと穏やかになっていく。

 けれど眠りに落ちる寸前、陛下は小さく呟いた。


「……明日になっても、離れるな」


 幼いほどに素直な願い。

 私は抱きしめる腕に少しだけ力を込める。


「離れません。朝までずっと、お傍にいます」


 その答えに、陛下は安心したように私へ頬を寄せた。

 温かな吐息。

 近すぎる体温。

 触れ合う指輪の小さな音。

 二人の鼓動が一つに溶けていくようだった。

 そのまま私たちは、抱き合ったままゆっくりと眠りへ沈んでいく。

 祭りの夢の続きのような甘い夜が、静かに更けていった。

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