第2話:時魔法の真髄
第2話:時遡
ヘイマー「あーあ、どんどん動いちゃうんだ。王国一の騎士団長様は化け物だねぇ‥‥コツを掴んだみたいだね」
ヘイマーは頭を掻きながら、面倒くさそうに溜息をついた。マキが放つ闘気は、静止した空間を物理的にひび割れさせるほどの圧力を放っている。
彼女の重厚な一歩が刻まれるたび、床の板が悲鳴を上げた。
マキ「……観念しろ、ヘイマー。貴様の魔法の種は割れた。私の魔力はこの程度の拘束、容易く凌駕する!」
ヘイマー「凌駕、ねぇ。……時魔法ってそうそう破れるもんじゃないんだけどね‥‥」
剣を振りかざしヘイマーに斬り掛かるマキ、まだ「停止」の効力は効いている為本来の動きには程遠い。
しかし、このままマキが対策を練っていけば、そのうちヘイマーを捉えるのは時間の問題のように思えてきた。
セシリア(凄い‥‥さすがマキ様だ‥‥この拘束を破るとは‥‥)
フルーレ(指先ひとつ動かせないなんて‥‥情けない‥‥屈辱っすよ‥‥)
シルフィ(本来ならわたしが破らないといけないのに‥‥)
そんな彼女達の想いをよそに、ヘイマーはニヤリと笑みを浮かべなが見ていた。
リノ(わたしを見て‥‥笑ってる‥‥?この状況で役に立たない魔道士を‥‥嘲笑ってる‥‥?)
ヘイマー「これは魔力の消費が激し過ぎるから、あんまりオススメではないんだよなぁ‥‥うおっ!あぶねー!?」
余裕の表情を浮かべていたヘイマーにマキの剣が振りかざされる
マキ「ちいっ!かわされたか!!」
マキは肉体強化だけでなく対魔法効果のある魔法を次々と試しながら徐々にヘイマーを追い詰め始めていた。
そこでヘイマーはやれやれといった表情で呪文を詠唱し始める。今度は先程とは違い長い詠唱だ。
すると巨大な光の魔法陣が展開された。それは古びた時計の文字盤のような形をしており、
マキの頭上に浮かび長針と短針が猛烈な勢いで逆回転を始める。
マキ「なっ……!? 何だ、この魔法は……攻撃ではないのか!?」
マキは剣を構え、一気にヘイマーとの距離を詰めようとした。しかし、またしても彼女の身体は静止してしまった。
ヘイマー「よし、これでもう詰んだね、俺の『時遡』は対象の時間を巻き戻す、時魔法の真髄とくと味わってくださいな‥‥ていうかやっぱ疲労感ハンパねーなコレ」
マキ「な、何をし、た‥‥!?」
全身の筋肉が弛緩し、熱い何かが血管の中を逆流するような感覚。強化魔法が霧散し、代わりに脳を焦がすような奇妙な感覚が彼女を襲う。
「だ、団長!? 何が起きたのですか!」「団長、逃げてください! 早く!!」
背景で固まっているセシリアたちが、必死の形相で叫ぶ。
ヘイマー「逃げる? 無理無理。言っただろ、時を巻き戻すって」
ヘイマーは、床に伏し、悶え始めたマキを見てフッと笑う
ヘイマー「お前の身体はゆっくりと『過去』に向かって巻き戻ってるんだ。成長のプロセスを逆行してるってわけ。その過程で、大人の女として完成された神経が、未熟な頃の状態にまで揺り戻される……。どう? 経験したことない感覚だろ?」
マキ「はぁ、はぁっ……身体が、言うことを、きか……ない……っ!」
マキは荒い息を吐いた。鍛え上げられた筋肉が、魔法の力で強制的に「若返り」という名の弱体化を強いられていく。
肌がさらに瑞々しく、未熟に変質していくのが自分でも分かった。
ヘイマー「お前らもよく見とけよ。王国一の騎士団長様が、ただの無力な姿に戻っていく様をな。じっくり、ゆっくり時間をかけて……お前が赤ん坊になるまで、俺がたっぷり観察してやるからさ」
マキ「……やめ、ろ……っ。そんな、こと……っ」
マキの瞳から、強者の光が消える、時を操る魔道士の理不尽な力の前に、最強の女騎士はただ己の肉体が退行していく姿を見ていることしかできなかった。
ヘイマー「十歳、九歳……。ははっ、どんどん『団長』が遠ざかっていくなぁ!」
ヘイマーの狂気に満ちたカウントダウンと共に、マキの絶望は極限に達していた。
彼女の頭脳には、二十三歳の現役騎士団長としての高度な戦術理論、剣技の神髄、そして王国を守護してきたという猛烈なプライドが、鮮明に刻まれたままだ。
しかし、それを実行するための肉体は、無慈悲な時の奔流に押し流されていく。
「やめ……ろ……。わた、し……は……騎士団……ちょう……っ」
声はすでに幼児のように高く、呂律も回りづらくなっている。
かつて百センチを超え、王国の至宝とまで謳われた**肉感的な尻**は、今や見る影もなく、ふっくらとした赤ん坊のような無垢な曲線へと縮んだ。
あれほど豊かに波打っていた双丘も完全に消失し、白磁の肌には「女性」としての面影すら残っていない。
ヘイマー「五歳……三歳! おっと、そろそろ立ってるのも限界か?」
魔法の力で無理やり身体を支えていた筋肉が消え、マキは己の重みに耐えきれず、よちよちと崩れるように四つん這いになった。
誇り高い騎士団長としての記憶が、「何故、私は手足が思うように動かせないのだ!?」という憤怒を呼び起こすが、脳から送られる信号を、幼すぎる運動神経が拒絶する。
マキ「……あ、う……あぶぅ……っ!」
ついに、意味を成す言葉さえも喉の構造によって奪われ始める。
マキの瞳には、二十三歳の知性が宿ったまま、屈辱の涙が溢れ出した。自分を見下ろすヘイマーの、薄汚いブーツの先しか視界に入らない。
ヘイマー「そして――一歳半。フィニッシュだ」
最後の指パッチンと共に、空間を覆っていた巨大な魔法陣が霧散した。
そこには、かつて「深紅の騎士団長」と呼ばれ、一国を背負って戦ったマキ・クロフォードの姿はなかった。
代わりに、村外れの冷たい地面に、豊かな黒髪を短く、産毛のように揺らした、一歳半の愛らしい赤ん坊が転がっている。
「……あ、あ……あうぅ……っ!!」
マキ(二十三歳)の意識は、己の股間にオムツすらなく、一糸まとわぬ姿で這いつくばる現状を正確に把握していた。
最強の女騎士としての矜持が、激しい拒絶の叫びを上げようとする。だが、実際に口から漏れるのは、無力で、甘ったるい、ただの赤ん坊の泣き声でしかなかった。
ヘイマー「ははは! 完成だ。見てくれよ、この無垢な瞳。元は二十三歳のプライドの高い騎士団長さまだっていうんだから、最高に笑えるよなぁ」
ヘイマーは、抵抗する力も、隠す術も、もはや逃げる脚さえも失った「小さなマキ」の脇の下に手を差し入れ、高い高いをするようにひょいと持ち上げた。
マキの小さな視界の中で、背後のセシリアたちが、あまりの衝撃と絶望に精神を崩壊させ、絶叫しながら崩れ落ちるのが見えた。
王国一の美貌と肢体を誇った女騎士の伝説は、こうして、時を操る魔道士の掌の上で、残酷なほどに愛くるしい「無力」へと還されたのである。
ヘイマーは、腕の中で無力に手足をバタつかせるマキの耳元に、蛇のように這い寄る低音で囁いた。
ヘイマー「いいか、マキちゃん。お前の肉体は一歳半だが、その記憶と精神だけは俺が特別に、大人のままにしておいてやった。……これからの人生……楽しみだろ?」
マキ「……っ!? あ、あぅ……あぁぁぁ……っ!!」
マキの瞳が驚愕と恐怖で見開かれる。二十三歳の知性は、その言葉が意味する「これから続く地獄」を即座に理解した。
ヘイマーはその反応を満足げに見届けると、玩具を捨てるかのようにマキを地面へ降ろした。
ヘイマー「さて、興は冷めた。……『解除』」
彼が指を鳴らした瞬間、世界に色が、音が、そして「時間」が戻った。
「なっ……がはっ……!?」
「あ、足が……動く……!?」
セシリアたちが、拘束から解き放たれ、その場に膝をつく。彼女たちは即座に武器を構え、目の前の不審な魔道士に斬りかかろうとした。
しかし、ヘイマーはすでに数歩下がり、余裕の笑みを浮かべて背を向けていた。
ヘイマー「おいおい、そんな怖い顔すんなよ。仕事は終わりだろ? ほら、そこに転がってる『赤ん坊』を連れて、さっさと王国に帰りな。……それがお前たちの愛する、誇り高き騎士団長様だよ。あばよ!」
「何を……っ、待て!!」
セシリアが叫ぶが、ヘイマーの姿は蜃気楼のように揺らぎ、草原の向こう側へと一瞬で消え去った。
「団長!? 団長、どこに……!」
必死に周囲を見渡す部下たちの目に飛び込んできたのは、荒れ果てた地面の上、一糸まとわぬ姿で震えている一人の赤ん坊だった。
セシリア「……嘘。そんな、馬鹿な……」
セシリアが震える手で、その赤ん坊を抱き上げる。
産毛のような黒髪、そして、かつての団長と同じ、凛とした、しかし今は屈辱の涙で濡れた漆黒の瞳。
マキ「あ……う、あぁ……っ」
抱き上げられた瞬間、セシリアの胸元に顔を埋め、声を殺して泣きじゃくった。中身は二十三歳のまま、誰よりも愛し、信頼していた部下に「赤ん坊」として抱かれる……。それは、死よりも辛い屈辱の始まりだった。
夕暮れの大地を、蹄の音が力なく響く。
かつて最強を誇った五人の女騎士たちは、一人の赤ん坊を抱え、静まり返った王都へと帰路につく。
王国一の美貌と、限界まで鍛え上げられた最強の肢体。そのすべてを失い、ただ無力な肉体だけを残された「深紅の騎士団長」の余生は、あまりにも過酷なものになろうとしていた。




