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『AIが管理する理想のVR世界でミュートされたらどうなるか』~ブラックスワン編~  作者: バニラ味一択


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第六話:『正義の要件』



 教室中を舞う黒いコンパスの羽が、壁を、机を、そして逃げ惑う生徒たちの足元を無認に切り裂いていく。

 中心で狂い咲くブラックスワン――ヒナコは、もはや涙さえ流していなかった。


「あはは! 見てよルナちゃん! 誰も私を無視できない! これが……ここが私の求めていた居場所だったんだわ!」


 ヒナコが鋭い鉤爪を振り下ろす。


「……【伸縮式強襲用特殊警棒術・上段受け】」


 カキィンッ! と硬質な音が響く。ワクは一分の隙もない姿勢で警棒を突き出し、ヒナコの爪を受け流した。衝撃でワクの小さな体が床を削るが、その瞳は微塵も揺るがない。


「ねえ、ワクちゃん! 銃は!? 警察なんだから、拳銃持ってるんでしょ!? あれでヒナコちゃんを止めてよ!!」


 悲鳴を上げるルナに、ワクは視線を標的に固定したまま、低く冷たい声で応えた。


「……不可だ。警察官職務執行法等の規定により、現時点での拳銃使用要件を満たしていない」


「そんなこと言ってる場合じゃ……っ!」


「……このまま発砲すれば、奴の精神は消滅する……無力化し、救出するには、『魔』を露出させ、叩くしかない」


 ワクが警棒を握り直し、もう一段深く腰を落とす。


「……ルナ。お前の仕事だ」


「え……?」


「……対話しろ。取調べだ。奴に、己の犯意を認めさせろ。……その時に、魔は姿を現す。……俺が守っている間に、やれ」


 ワクの背中は小さかったが、その言葉には軍隊のような規律と、揺るぎない正義が宿っていた。


「わかった。やってみる」


 ルナは唾を飲み込み、震える足で一歩前へ出た。



「ヒナコちゃん……いい加減にして! 今のあなた、美しくも何ともないよ。人を傷つけて、最低だよ」


 ルナの冷徹な一言が、狂気の中のヒナコを射抜いた。


「……何よ。私が、みにくい……?」


「そうだよ! 周りに当たり散らして、恐怖させて、それを見て笑ってる。そんなことしたって誰もあなたを見てくれるわけないでしょ!」


「私は……本当の私を見てほしいだけ……今まで努力してきた!我慢してきた!……無視しないでほしい……私はエデンで生きているのに……幸せになるためここに来たのに!」


「私が本当に見たいヒナコちゃんは今のあなたじゃない。私が知ってるヒナコちゃんは、誰に対しても優しかった。どんな人であろうと助けてくれた。外地出身だからって関係ない。誰よりも心は美しく真っ白だった! 私のことも助けてくれた……本当は私があなたを助けなければならなかったのに……ごめんなさい。

でも、こんなに辛そうなヒナコちゃんを私見たくないよ。あの時のような、ずっと輝いていて美しかったヒナコちゃんに戻ってほしいよ!!」


 ルナの叫びに、ヒナコの翼の動きが止まる。

 黒鳥の瞳に、激しい動揺が走った。


「……ルナちゃん…嘘。……私、あ。ああ……」


 ヒナコは自分の手を見つめた。

 そこには、漆黒のコンパスで構成された禍々しい鉤爪しか存在しない。その爪で行えるのは破壊だけだ。


「私……何、してるの……? 私、友達を守ろうと思っただけなのに。……私のせいで嫌な気持ちになってほしくなかった、それだけだったのに。……何で、自分から消えようとしたのだろう……ルナちゃんと……一緒に幸せになろうって……言ってたのに……。……私が、私が壊した…。人を…傷つけた……」


 過去の自分の純粋な想いと、現在の自分の醜悪な行為。

 その落差が、ヒナコの心に鋭い楔となって打ち込まれた。


「……ごめんなさい。私は、なんて、醜い……!!」


ヒナコの絶叫が教室に木霊し、その背中から生えていたコンパスの翼が、自責の念に焼かれてボロボロと崩れ落ちていく。

 同時に、彼女の胸元。犯意と罪悪感が激突する臨界点で、どす黒く脈打つ『魔』の核が露わになった。


「……構成要件該当、犯意の認識を確認、犯罪成立。……発砲を許可する」


 ワクの雰囲気が、一瞬で切り替わる。

 彼は警棒を収めると同時に、封印が解かれたホルスターから重厚な金属塊を引き抜いた。


「……【38口径対異形弾装填型回転式拳銃】(38-Caliber Anti-Anomaly Revolver)」


 その銃身には、バックルームの排熱を吸い込んだような鈍い輝きと、無数の法執行記録ログが刻まれている。


 ワクが撃鉄を起こすと、カチリ、と、世界のシステムを強制的に書き換えるような、冷徹な駆動音が響いた。

 シリンダーが回転し、薬室に送り込まれるのは、実弾ではない。

 『正義』という名の概念を、超高密度に圧縮した純白のプログラム弾。

 ワクは一切の私情を排した瞳で、ヒナコの胸の『魔』を照準に捉えた。

 その小さな体躯から立ち昇る威圧感に、周囲の空間がミリ単位で歪み、火花が散る。


「……撃つぞ」


 短く、宣告。

 ――ドンッ!!!

 発射音は、爆音というよりは審判の音だった。


 放たれた一撃は、光の尾を引いて教室を縦断し、ヒナコの胸にある『魔』を、その核ごと真っ向から粉砕した。


「ああああああああああああああッ!!!」


 ヒナコの体から黒い霧が爆発的に噴出し、次の瞬間、眩い白光が視界を塗りつぶした。

 

 光が収まった後。

 そこには、元のアバターのまま、静かに涙を流して横たわるヒナコの姿があった。




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