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『AIが管理する理想のVR世界でミュートされたらどうなるか』~ブラックスワン編~  作者: バニラ味一択


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第四話:『奈落のバニーと、深紅のコア』



◇◇◇




 落ちていく。

 銀色の泥濘に飲み込まれ、視界が完全に遮断された。


 (エマ……助けて……っ!)


 ルナが心の中で叫んでも、普段なら答えてくれるはずのエマの声は無い。

 

 突然、落下による浮遊感は止まった。

 

「……げほっ、ごほっ……!!」


 ルナは激しく咳き込み、銀色の残滓を吐き出した。

 目を開けると、そこは剥き出しの配線がのたうつ天井と、無限に並ぶサーバーラックが明滅する、殺風景な電子のゴミ捨て場だった。


「おっはよー、お嬢さん! いや、ログイン中だから『こんにちは』かな?」


 場違いなほど明るい声に、ルナは弾かれたように顔を上げた。

 そこにいたのは、鮮やかな青髪をポニーテールにし、青いバニースーツに白衣を羽織った、奇妙な少女だった。

 

「……バニー、ガール……?」


「アクアだよ、アクア。私がここに拾い上げてあげたんだ。感謝してよね?」


 少女――アクアは、空中に浮かぶ半透明のキーボードを叩きながら、ニッと笑った。


「あなた何者?エマは……? ヒナコちゃんは、どうなったの!?」


「あー、落ち着いて。アタシはこのバックルームの管理者、そしてこの世界の研究者さ。エマって、AI?システム側のことは知らないよ。でも、ヒナコだっけ?……あの子はもう『魔』に呑まれちゃったからね」


 アクアが表情を少しだけ真剣なものに変え、ルナの目の前にホログラムを投影した。そこには、変貌したヒナコの胸にあった、あの大きな黒いガラス片が映っていた。


「あれが……『魔』?」


「そう。自覚ある罪、拭いきれない犯意……魔が刺す。あれが精神アバターのリミッターをぶち壊して、強制的に異形へと再定義させる猛毒。……普通のプログラムじゃ、あれを消すことも、あの子を戻すこともできない」


 ルナは唇を噛み締めた。


「……どうすればいいの? 私、彼女を助けたい。昔、一緒に幸せになるって約束してたのに、今まで気づいていなかった。見ようともしてなかった。あんなひどいこと、ヒナコちゃんは悪くないのに!」


 ルナの悲痛な叫びに、アクアは待ってましたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた。白衣のポケットから、一際怪しく輝く「赤色の球体コア」を取り出す。


「なら、これの出番だね。――これはね、持つ者の深層心理を読み取って、最強の『パートナー』を生成する特殊コア。あんたが心の底で望む”意思の力”が形になるのさ」


 アクアは赤いコアを、ルナの掌に押し付けた。


「これがあれば、VR空間でも異形に対抗できる力が手に入る。……まあ、ガチャみたいなもんだよ。さあ、ルナ。あんたが心の奥底で、今一番必要としている『力』はなに? あんな理不尽ぶち壊して、友人を救い出すための、唯一の正義は?」


ルナの手の中で、赤いコアがドクン、と重苦しい鼓動を打つ。

 

(力が欲しい。……誰にも負けない、正義の力が。……大事な人を守ることができる、優しい人が泣かないで済む……そんな力……!)


 ルナの祈りに応えるように、赤いコアから溢れ出した光が凝縮され、一人の少年の形を成した。

 現れたのは、仕立ての良い警察官の制服に身を包んだ犬型亜人の少年だった。端正な顔立ちに、冷徹なまでの鋭い瞳。

 少年は無言で腰のホルスターを確認し、手袋を締め直す。その所作の一つひとつに、熟練の刑事が持つような凄みが宿っていた。


「……あ。犬の子供?あの、あなたが、私のパートナー……?」


 ルナが恐る恐る声をかける。だが、少年はルナを一瞥しただけで、一言も発しない。


「……あはは。ごめんねお嬢さん、この子、致命的なまでのコミュ障だね。……さあ、マスターはあんた。名前、自分で決めてあげなよ!」


「えっ!? 私が!?」


 ルナは目を丸くした。いきなりそんな大役を任されても、困惑するばかりだ。


「無理! いきなりそんなの決められないよ……っ!」


「えー、冷たいなぁ。……じゃあさ」


 アクアは少年に向き直り、ニヤリと笑った。


「君、階級は?」


「……巡査長」


 少年が、初めて重々しく口を開いた。


「よし、巡査長ね! 渋い! ……じゃあ、優秀そうだし、名前は『長介』で決まりだね!」


「……え?」


 ルナの顔が引き攣った。あまりにも古風というか、渋すぎるチョイスに絶句する。


「……やだ。長介なんて、あんまりだよ。もっと可愛い名前がいいっ!」


「贅沢だなぁ。……んー、じゃあ」


 アクアは少年の顔をまじまじと見つめた後、ルナへと向き直し、人差し指を立てた。


「……お嬢さん。君、これからどうなるんだろうと思って実はワクワクしてるでしょ?ワクワクのワクでいいんじゃない?『ワクちゃん』なら可愛いし、呼びやすいでしょ?」


 ワクちゃん。

 その響きは、冷徹な少年の外見には不釣り合いなほど愛らしく、どこか抜けた印象を与えた。

 当の少年は、自分の名前が「長介」になろうが「ワク」になろうが、全く興味がないようだ。ただ無機質な瞳で、バックルームの出口を見据えている。


「……ワク。……うん、ワクちゃんね。よろしくね」


 ルナが呼びかけると、ワクは一瞬だけ足を止め、短く応えた。


「……了解した。……現場は?」


「え?」


「……案内しろ。犯人を……確保する」


 ワクはそれ以上一言も発することなく、バックルームの闇の中へと歩き出した。

 ただ己の信じる正義だけを糧に、迷いなく。




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