第四話 前途多難
「…………それで、王女は?」
王都から少し離れた、西部では密かに報告がなされていた。
「話によると、王のお諌めに耳をかさず、憤慨した王が市井に放り出したのことです。城にいる間諜からの確かな情報です。」
「ほお。あの、王がな……。」
「しかも、何でも王女は平民と結婚して、市井に下ったのだと。」
「平民と?!…………まあ、いい。ともあれ、王女は表舞台から姿を消したのだ。」
男は満足げに、カウチに身を任せた。
「ふう。これで、厄介な一人娘である王女を追い払えた。偽の情報を流したり、いろいろ手を回した甲斐があったな。」
男の名前はラドルフ=バチェスタ。
実のところ、王女アンジェラは、普通の貴族と比べて特段贅沢をしたり、傲慢だったわけではない。
ただ、少しわがままで世間知らずなだけであった。
「…………やっとだ。これで、あるべき場所にあるべきものが戻って来るだけのこと。なんの問題ない。」
アンジェラは濡れ衣をきせられていた。
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「そうさ!あそこのぼんくら息子ときたら、何をやらかしたのか、隣国でクビになって帰ってきたんだと。」
「しかも、おっかさんと2人っきりだと言うのに、帰ってきてもう1年になるのに、息子は何の仕事もしてないんだとよ!」
「隣国といえば、ものすごいイケメンのカリスマがリーダーになったとか!」
「けど、隣国の人間は性格が悪いんじゃと……。」
井戸端会議を聞きながら、おかみさんや他の女性陣に、アンジェラは洗濯のやり方を教わった。
一通りできるようになったアンジェラ。ご満悦だったはずが…………。
「これは……。」
その頃のアンジェラといえば、頭から洗濯水と桶を被っていた。
別に被りたくて被っているわけではない。
「こ、この性悪女!ァ、アルくんをたぶらかしたんでしょ!」
目の前のきれいなストロベリーブロンドの少女に水の入った洗濯桶をなげられたのだ。
相手は自分よりもずいぶん年下で、世間知らずそうな少女だ。
この少女が明らかに悪いのだが、大人なアンジェラが口車にのらなかったら、そこでおさまっていたのかもしれないのに……事態はより悪化した。
「………な、なんのことですの?!わたくしは、そのような下品なことをしませんわ!失礼でしてよ!
それにあなた、わたくしに向かって何と言う口を利くのかしら!?
おつむが弱いのではなくって?
というか、洗濯の水をかけるなんて、どうかしてますわよ!」
「何よ!そっちこそ、礼儀というものがなってないでしょ!ティティに謝って。」
ストロベリーブロンドの少女はこのあたりでは裕福な商家の一人娘レティーという。
どうやら、アルに惚れていたようだ。
「ちょっと、あんたたち、やめな。」
女将さんが止めるまで、取っ組み合いが始まるかという空気だった。
「レティー、いまのはあんたが悪いよ。謝りな。」
「いや〜あー!ティティ、こんな女に謝りたくなんかない〜。」
嵐のような少女は颯爽と走り去っていった。
「………………ハッ、クシュん!!」
(風邪ひきそうだわ……)
「せっかくですが、帰らせていただきますわ……。風邪をひきそうですし……。
でも、残念です。せっかくみなさんとお会いできたのに。」
「何を言ってるんだい、嬢ちゃん。洗濯なんて、毎日するものだろ?明日も会えるさ。」
今日知り合ったおばあさんが微笑んでそういった。おかみさんも頷いていた。
(あのレティーとか言う子は仲良くなれなさそうですわ……。けど、他の方とは仲良くしていただきましたし、わたくし、平民として立派に生きていけるのでは??!)
思ったよりポジティブなアンジェラだった。
(それにしても、洗濯は毎日するものであり、あんなに腰と手を痛めるとは思わなかったわ……。)
世の中の女性はみな、毎日していることなのだ。
まぁ、アンジェラが世間知らずであることは、言うまでもないが……。
世の中の女性は強し――と思ったアンジェラだった。