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第一章第5部: 選択の時

ロウソクの薄明かりが揺れる村の集会は、重い沈黙に包まれていた。


村の長が口を開く。「もはや、彼らが来るのは時間の問題だ。前回のように、ただ蹂躙されるのを待つわけにはいかない」

彼は壁に貼られた古い地図に描き込まれた赤い点を指し示す。セオルの宇宙船のセンサーが捉えた武装集団の現在位置を示すその赤い点は、目前に迫る脅威として提示されていた。


村人たちの間からは、諦めと不安が入り混じった声が漏れる。

「しかし、どうすれば……。奴らの武器にかなうはずがない」

「また女や子供が連れ去られるのか」

誰かのつぶやきが空間に重く沈んだ。前回の襲撃の記憶はあまりにも鮮烈で、そして残酷なものだった。


その時、一人の若い男が立ち上がった。彼はセオルから電気技術を学んだ者の一人だ。

「あの、遠くの地平線の彼方から来た男は言った。おれたち自身で答えを見つけろ、と」


若い男は手にしていた古びた一枚の地図を広げた。

そこには、武装集団の過去の略奪経路と、それに伴う環境の劣化が、おおまかな図で示されている。

「あの男が示すデータは、奴らが略奪すればするほど、自らの生存圏もまた枯れていくことを示唆している。奴らは獲物を追って、自らの首を絞めている」


村人たちは初めて見るその情報に目を奪われた。

これまで漠然と感じていた環境の変化が、具体的な図として示されたことで、彼らは事態の深刻さを肌で感じ取った。


「あの男が言っていた。おれたちは、奴らの破壊の連鎖を断ち切る方法を、おれたち自身で見つけ出す必要があると」


村の長は、深く息を吐いた。

「……で、どうする? 抵抗か、それとも逃亡か」


若い男は首を振った。「どちらでもない。あるいは、どちらでもある」

彼の言葉に、村人たちは顔を見合わせた。


◇◇◇


セオルの高解像度ディスプレイには、武装集団の斥候が村の周囲を探る様子が映し出されていた。

彼らは警戒を怠らず、略奪への確信をその動きに宿らせていた。

「村人たちが今、直接、武装集団に立ち向かっても、それはただの死だ」

セオルの声は冷静だった。「だが、彼らに『問い』を突きつける方法は、他にもある」


セオルから電気技術を学んだ若い男が続ける。

「おれたちは、あの男の指導によって、ようやく生産力を回復しつつある。この星で生き残るための、小さな光を見つけ始めたばかりだ」


若い男は、集まった村人たちの顔を一人ひとり見渡した。

「もし今、奴らの襲撃を受ければ、その光は絶たれてしまう。全てが終わり、おれたちは再び飢えと病と死に怯えるだけになる」

村人たちが頷く。


若い男は続ける。

「だがそれは、奴らの破滅にも繋がる。奴らがこれ以上略奪を続ければ、おれたちのような獲物そのものが枯れて、奴ら自身の首を絞めることになる」

彼は震える声を絞り出し、しかし力強く訴えた。


「だからこそ、おれたちは奴らに提案する。襲撃を回避し、その代わりに、おれたちの収穫の一部を定期的に上納することを。おれたちは、奴らの支配を受け入れ、ひとまずの休戦を申し入れる」


その言葉に、集会場は一瞬にしてざわめきに包まれた。


「馬鹿な! そんなことをすれば、奴らに尻の毛まで抜かれることになる」

「永遠に奴らの奴隷になるぞ!」


村の長を含む複数の長老たちが、血相を変えて反対した。

彼らの言葉には、過去の苦い経験と、根深い不信がにじみ出ていた。

武装集団の残虐性を知る彼らにとって、それは自殺行為に等しい提案に思えたのだ。


しかし、若い男は引き下がらなかった。

「おれだって親父を奴らに殺されたし、妹も、弟も連れ去られた。いま、生きているのかどうかもわからない」


「だが、今、おれたちが戦っても、何もしなくても、やっぱり同じことになる。それだけは絶対に避けなければならないんだ。

このまま滅びるか、奴らの支配を受け入れて生き延び、そして未来を掴む機会を待つか――他に選択肢はない」


「おれたちには『問い』がある。必ず、この支配を逃れる方法を、おれたち自身で思いつくはずだ!」


彼の言葉は、絶望の淵にいた村人たちの心に、微かな、しかし確かな光を灯した。

彼らの目には、不確かな未来への不安と、それ以上に、目の前の死を回避したいという切実な願いが宿っていた。

いまや村人たちにとって、「問い」という言葉は、それほどまでに大きな希望をもたらすものとなっていたのだった。

他に選択肢がないことを悟った村人たちは、しぶしぶながらも、彼の提案に同意した。


翌日、若い男は村の長と共に、武装集団の陣営へと向かった。

彼らの足取りは重かったが、しかしその瞳には、村の未来を背負う者たちの決意が宿っていた。


武装集団のリーダーは、村からの使者を受け入れる間、ずっと冷徹な目で彼らを品定めしていた。

ここ数年、彼らの獲物は減り続け、新たな略奪対象を見つけるのも困難になっていた。獲物の枯渇は武装集団自身の生存を脅かし始めており、幹部の中にも焦りが募っていた。

リーダー自身もまた、これまでのやり方では先がないことを悟り始めていた。

枯れ果てた大地、減り続ける獲物。

それなのに、なぜか豊かになりつつある村。


その村からの提案は、彼にとってまさに僥倖だった。


「よかろう」


リーダーは短い言葉で提案を受け入れた。


「しかし、忘れるな。お前たちの生殺与奪は、すべておれたちが握っている」

その言葉には、村の生産性を利用しつつも、決して彼らに力をつけさせないという、冷酷な支配の原則が明確に込められていた。


◇◇◇


数日後、武装集団は村に乗り込んだ。

彼らは、村の長や、交渉に臨んだ若い男など、主だった者たちの妻子を人質として連行する。

それにより、村人たちの反抗の意思は根こそぎ奪われた。


こうして、武装集団による村の支配が始まる。村人たちの目には、新たな苦難の始まりを告げる、深い影が落ちていた。しかし、彼らの心の中には、「問い」の炎が静かに燃え続けていた。


セオルは、その全てを静かに見守っていた。

彼の宇宙船が持つ圧倒的な力をもってすれば、武装集団を武力で制圧し、彼らを武装解除させ、村の自治へと組み入れることは容易だっただろう。


しかし、彼はそうしなかった。

彼の目的は、人類に安易な答えを与えることではない。

「問い」を自らの内に身に着け、それによって自らの力で未来を切り拓く者こそが、そうでない者に対して、いずれは真の優位に立つことを、彼は知っていたからだ。


武力による排除は、一時的な平和をもたらしても、根本的な「問い」を彼ら自身に投げかけることにはならない。もしかしたら、彼ら自身が新たな「武装集団」に変貌する可能すらある。


村人たちが潤沢な「上納」を続ける限り、彼らは殺さないだろう。

そして、この支配が、彼らをより深く、より切実に『答え』を求めさせるだろうと。

セオルの選択は、人類が自らの力で進化する未来への、静かな、そして揺るぎない確信に満ちていた。


荒れ果てた大地に、武装集団の冷酷な支配の夜が深まる。

村人たちの生活は、鎖に繋がれたように縛られ、希望の光は遠く霞むばかりに見えた。

しかし、彼らがどれほど抑圧されようとも、その心深くに刻み込まれた「問い」の炎だけは、決して消えることはなかった。

それは、見えない未来へ向けられた、静かな、しかし確かな意思の輝きだった。

荒廃した大地に新たな支配の夜が訪れる中、その小さな火種は、やがて来るべき反転の日のために、熱く、熱く、燻り続けた。




作者あとがき


何とも後味の悪い結末になってしまいました。すみません。

実は、もっと安寧な結末を用意していたのですが、自分で読み直して、それを破棄しました。

この物語の根底には、おれ自身が抱き続けてきた一つの問いがあります。

「力による解決など、結局何も生み出さないのではないか?」


古今東西、多くの物語が、弱者が強大な敵に立ち向かい、最終的に武力で勝利を収めるカタルシスを描いてきました。『七人の侍』や、その二次創作である『荒野の七人』に代表されるような、弱者が力を合わせて巨悪を打ち倒す構図は、確かにおれたちの胸を熱くします。しかし、おれはこの作品で、その普遍的な解決策とは異なる道を模索したいと考えました。暴力の連鎖は、果たして真の解決をもたらすのか。おれたちは、それ以外の「選択」をすることはできないのだろうか、と。


主人公セオルは、その問いを体現する存在です。彼は武装集団を容易に排除できる力を持っていながら、決してそれを直接行使しません。彼の目的は、村人たちに自立を促し、彼らが自ら未来を選択する力を取り戻させることだからです。そして、その「問い」は、やがて敵である武装集団にも向けられます。彼らを武力で制圧するのではなく、自らの略奪行為がもたらす惑星の死、そして彼ら自身の破滅的な未来を「現実」として突きつける。これは、彼らの「心」に訴えかける以上に、最も根源的な「生存本能」に語りかけるアプローチです。


高度なテクノロジーは、この哲学的な「問い」を具現化するための手段として存在します。ホログラムや重力制御といった技術は、決して魔法のようなご都合主義ではなく、物理法則に則った、物語世界に説得力を持たせるためのツールです。それは、武装集団が見て見ぬふりをしてきた現実を、彼らの目に焼き付けるための「鏡」の役割を果たします。


村人たちが当初抱いた絶望から、セオルの断片的な知識と、故郷を守りたいという強い意志をぶつけ合い、「抵抗でも逃亡でもない、あるいはそのどちらも含む」という斬新な解決策を模索し始める姿。そして、それまで力と恐怖で支配されてきた武装集団の内部に、「疑念」という小さな、しかし無視できない亀裂が生じ始めます。これは、「殺すことに解決はない」という哲学が、単なる理想論ではなく、現実的な変化の萌芽となり得ることを示唆しています。


おれはこの物語を通じて、対立や衝突といった人間の「濁った部分」を描きつつも、その中で「助け合い、励まし合い、共に歩もうとする意志」「互いのちがいを乗り越えて協力し、慈しみ合う姿」といった、人間の「美しい面」を描きたいと願っています。そして、読者の皆様には、安易な暴力による解決ではない、より本質的な「選択」の可能性について、共に思考を巡らせていただければ幸いです。


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