19.5:春風と北風 ①
東京に向かう車中、流す音楽は自分の作ったそれと決めている。
染み付いた春風の習慣のようなものだ。自分がつくったもの以外に興味はないのかと笑われることもあるが、たぶん、あまりないのだと思う。
自分が生み出したもの以上に自分の感性を刺激するものがあるのであれば、話は変わってくるのだろうが。
プレイリストのランダム再生が選んだ曲は、学生時代に作ったものだった。多少荒いものの、自分好みのメロディライン。音声も少し乱れている。歌っているのはプロになる前の月子だ。
この歌を奏でていたころは、月子がいて、海斗がいて、幼馴染みがいた。いつも、すぐ近くに。
懐かしい曲だな、と思った。
[19.5:春風と北風]
「どうもー。北風でーす。こんにちは」
レコーディングスタジオに足を踏み入れた春風を見止めた瞬間。挨拶をしようと立ち上がった中途半端な体勢で固まった時東は、なかなかの見ものだった。
これは帰ったら幼馴染みに報告せねばなるまい。春風は自分が気に入ったものを幼馴染みに報告する習性もあった。ほとんど生まれついてのものである。
そんなことを考えながら、にこにこと観察すること数十秒。長すぎる間を経て、ようやく時東の顔にぎこちない笑みが浮かんだのだった。
「あの、春、……北……、いや、春」
「春風でも北風でもどっちでもいいけど、春北さんではないからね、俺。とりあえず、お疲れさま。時東くん。なんか一曲目、おもしろいくらい音外してたみたいだったけど、大丈夫?」
レコーディングを終えるなり一直線ににじり寄ってきた時東に、春風はとりあえずと笑顔と愛想を振りまいた。
あの似非くさい愛想笑いはどこに捨ててきたのよ、とからかわなかったのは、ひとえに「年下相手に性格の悪い真似をするな」との苦言を頂戴したからである。
幼馴染みがどう思っているかは知らないが、幼馴染みの言うことは基本的に聞くようにしているのだ。
神妙な顔を維持した時東が、周囲のスタッフを気にしてか小声で話しかけてくる。
「いや、あの、……春風、さん」
「なぁに?」
「ちょっとだけ、お時間いいですか」
案外と直球なお誘いに、春風はにこりとほほえんだ。そういえば、月子もそんなことを言っていたなぁ、と思い返しながら。
酒も入っていたので話半分で聞き流してしまったが、なんと言っていたのだったか。あぁ、そう、そう。案外、あの子、真面目そうで、馬鹿そうだし。だから凛太朗と相性が良いのかもしれないね、だったっけ。なにを言ってるのよ、月ちゃん。凛と相性が一番良いのは後にも先にも俺に決まってるじゃないの。
「いいよ。この後は空いてるし。でも、俺でよかったの?」
「せっかくなので、ぜひ。春風さんとお話したいんです」
挑発したつもりは、そんなになかったのだけれど。武装しましたと言わんばかりの笑みを張り付けられてしまったので、「わぁ、楽しみだな」なんて。春風は上滑りした台詞を吐くことになった。
直球で喧嘩を売っているような態度が、どうにも眩しくてしかたがない。
腹が立つよりも先に「若いなぁ」と思った自分は、たしかにこの子どもよりは年上であるらしかった。




