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6:時東はるか 11月30日14時52分 ①

「ところで、はるかさん。アルバムの曲って、どうなってます?」


 とりとめのないことばかり話しかけてくるなぁ、と。正直、辟易としていたのだが、切り込みどころを探していただけだったらしい。

 口調こそ軽いものの、バックミラーに映る岩見の目はなにひとつ笑っていなかった。


「あー……、うん」


 せめてもの誠意で、スマートフォンから視線を上げる。だが、しかし。時東には愛想笑いで誤魔化すことしかできなかった。なにせ、まったく進んでいないのである。


「ねぇ、そろそろだよねぇ」


 進捗を一向に報告しなかった自分に非があることは重々承知しているが、報告できる進捗がなかったのだ。察してくれ。

 時東の愛想笑いを一瞥した岩見が、生ぬるい笑顔で首を横に振った。


「できてないならできてないで、いいですけどね? ただ、このままだとアレですよ。本当に曲は提供してもらうことになると思いますよ」

「聞いたは聞いたけど。それ、社長の思いつきじゃなかったんだ」

「北風春太郎ですか? まぁ、社長も良い返事がもらえるか自信がなかったそうですが、予想外に感触が良かったらしくて。張り切ってましたよ」


 北風だかなんだか知らないが、余計なことを。断ってくれたらいいのに。八つ当たりでしかないことを考えつつ、手元に視線を戻す。


 ――それにしても、北風春太郎ねぇ。


「その人って、専属じゃなかったんだ。ほら、あの、……なんとかっていうふたり組の」

「ちょっと、ちょっと、はるかさぁん。少しくらいは周りに興味持ってくださいって。外でそれ口にしたら、僻みだって思われますよ」


 呆れ声に、時東は記憶を辿った。周囲に興味がないと言われようとも、それなり以上に売れている同業者であれば、ぼんやりとした知識はある。ギター&ボーカルの女生と、男性キーボード。

 インディーズからメジャーに進んだ時期は、時東より二年ほど早かったはずだ。そうして、彼らの楽曲をデビュー前からずっと創り続けているのが、件の作曲家。


「星と太陽」

「違います。『月と海』です」


 せっかく思い出したのに、すげなく切り返されてしまった。


「いい線行ったと思ったんだけど」

「ご一緒するときに、間違った名前で呼びかけたりしないでくださいね?」

「するわけないでしょ。というか、岩見ちゃんもご存じのとおり、俺はそういう交流はいたしません」

「あぁ、……そうでしたね、はるかさんは」


 苦笑して、岩見が言葉を継いだ。よかったですね、と言わんばかりに。


「つまりそういうことです。北風さんの曲は旬ですし、人気が出ると思いますよ。変わり者だっていうお噂は聞いてたんですが、色良いお返事で僕もほっとしました。さすがはるかさんですよね」


 なにがさすがだ、なにが。との不満が滲んでいたのか、岩見の声が阿る調子に変わる。


「もちろん、はるかさんの曲も入りますよ?」

「できあがりさえすれば、ね」


 でも目玉はその北風とやらの提供曲になるんでしょ、との嫌味は呑み込んで、窓の外に視線を向ける。人工的なビルの連なるオフィス街を、足早に通り過ぎていくスーツの一群。


 ――あそこは、ちゃんと虫の声もするのになぁ。


 目の前にいる相手以外の声は聞こえないような、静かな町。ゆったりとした時間の流れる、時東の心をほぐす場所。

 あそこであれば、創りたいなにかが思い浮かぶこともあるのだろうか。

 現実逃避だとわかっていたのに、でも、それでも、と。現場に着くまで、時東はずっとそんなことを考えていた。




[6:時東はるか 11月30日14時52分]



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