第七章 精算の時
その場にいた貞淑・貞正両姉とフェイジェン、そしてミョンギルも置いて、シアはさっさと寺院の出入り口へと足を運んだ。
何だったら、そのままソボンをこの寺院から引き離したい。
彼が何を考えているか分からないが、この寺院の中には、シアにとっての『弱み』が多過ぎる。ミョンギル以外の誰を盾に取られても、シアは相手の要求に従わざるを得なくなってしまうから、質が悪い。
なるべく頭を空にしながら、足早に出入り口へ続く階段を降り始めると、すぐに大柄な男の姿が見えた。藁でできた粗末な笠をかぶった男も、シアに気付いたらしい。
顎の留め紐を解き、笠を脱ぐと、シアに会釈した。
階段を降り切り、ソボンの手前十六尺〔約五メートル弱〕程の距離を置いて足を止める。
「お久しゅうございます、大君様」
「一人か」
彼の背後へ目をやりながら訊くと、ソボンは「はい」と頷いた。
「で? 単刀直入に訊くけど、何の用?」
「わたくしの用件は変わりません。どうか、反正のあと、玉座へ」
「俺の答えも変わらねぇって分からないのか? 何でそんなに理解力乏しいんだよ。それに、言ったよな。あんたみたいに、身分で人を判断するような人間、仲間に要らないって」
「先王の嫡男である以上、大君様は玉座に就く宿命から逃れることはできませぬ。大君様も、いずれお分かりになります」
「分からないね。そっちこそ、いい加減分かれよ。俺は世間的にはもう死んだ人間だ。公式に生き返る気はねぇって、これも前に言ったと思うけどな」
早くも疲れた気分で、シアは溜息を吐いた。
ここまで話が通じないとなると、果たしてどう説得したものか。最悪、相手を殺すしかないだろうか。
話が通じない、とは言え、いくら何でも『自分にとって鬱陶しいから殺す』などという、イチョムたちよりも短絡的すぎることはしたくないのだが――。
短く脳裏で一人会議を開く合間に、ソボンはうっすらと微笑した。
「大君様。ハン・フィギル前大将様をご存知ですね」
シアは、目を見開いた。
ハン・フィギル――養父の名を不意打ちのように聞いた途端、鼓動が跳ね上がる。
「……それがどうした」
「先頃、やっと彼のご遺体を、都へ連れ帰りましてね。時に、彼のご家族がどうしているかはご存知で?」
知るか、と思うが、もう言葉が出ない。
迂闊なことは言えない、という思いと相俟って、シアは唇を噛み締め、ソボンを睨め付けた。
(……遺体を、連れ帰っただと?)
フィギルとは、義州近辺の森の中で別れた切りだ。遺体は、そこから動かすことはできなかった。少なくとも、シアの腕力ではどうしようもなく、泣く泣く自分だけがそこを避難したのだ。
考えたくはないが、彼の遺体は、あの森の火事で燃えてしまったと思っていた。
どういうことか質したいが、ソボンには、気軽に訊ける間柄ではない。しかし、ソボンはシアの思考に頓着なく、先を続けた。
「ハン前大将様のご家族は、奥方と、娘御が全部で四人。ご子息はいらっしゃいません。その内、奥方の安眞圓様、末娘の韓贇瑞様だけが、ハン前大将様の無断職務放棄の咎の連座で、身分を両班から官婢に落とされました。イ大監の特別の配慮により、お二人とも、今は左補盗庁の茶母として働いております。元々、奥方が左補盗庁の茶母をしていた縁でお二人は結ばれ、末娘のユンソ嬢も半分以上茶母として父君の職場に出入りしておりましたから、まあ、処罰などあってないようなものではありますが」
ほかの三人の娘はどうした、と反射で訊きそうになるが、それも呑み込む。けれど、それを読んだように、ソボンは更に言葉を継いだ。
「ほかの、ご長女から三女の方までは、処罰の対象にはなりませんでした。ご長女・韓荷琅様は大北派の末端の両班宅に嫁いで男児をお産みですし、次女の韓垠眞様は、キム提調尚宮様付きの筆頭内人、三女の韓岐潤様は、世子様のご側室で、やはり御子を産んでおられますゆえ」
両班以上の階級お得意の、特別扱いだ。
「気になりませんか? 何故、わたくしがハン前大将様のご遺体を、都にお運び申したか」
気にはなる。だが、フィギルについてソボンと対話するのは、ひどく抵抗があった。
ソボンは、それも汲んだかのように、「まあ、宜しいでしょう」と挟んで続ける。
「実は、ユンソ嬢も、父君をお捜しだったのですよ。何しろ、父君はある日突然、仕事で江華島へ行くと言った切り、消息不明になっておしまいだったのですから。茶母としての情報網を駆使して、もう彼方此方……ちなみに、わたくしがハン家と近付きになったのは、前に大君様と別れたあとでしたから、あまり日は経っていませんがね」
何の為に、ハン家に近付いたのか、など、訊かなくても分かる。すると、ソボンも、「お察しの通りです」と告げた。
「大君様に、何とか王位に就いて頂きたいと、もう必死でね」
「……単純に、俺に恩を売る為か」
「まさか」
クス、とソボンが笑いを零す。
「よくお考えください。このまま反正を起こし、大君様以外の方が王位に就いたら、ハン前大将様も当然、刑に処されるでしょう。この国では、死人にすら処罰があることは、大君様もご存知かと」
ソボンの言う通りだ。
その昔、第十代王・燕山君の治世下で、彼の生母である廃妃〔廃位された王妃〕尹氏は、彼の父王・成宗の代に、朝廷と後宮、両者の陰謀で処刑された。
そのことを知った燕山君は、怒り心頭に発し、母親の処刑に関わったとされる者を粛清する、甲子士禍と呼ばれる事件を起こしている。
その甲子士禍の最中、すでに死亡していた者は、墓を掘り起こされ、四肢を切断されるという刑に処されていることは、シアも聞いたことがあった。
「……何が言いたい」
「大君様が王位にお就きになれば、ハン家の処罰を減じられる、という話ですよ。ハン前大将様は、七庶獄事に深く関わった人物です。順当に反正後、現王殿下の政権で権力を握っていた者が罰せられれば、当然、ハン前大将様も処罰されます。墓を掘り起こされ、四肢を分断されるのはもちろん、ご家族にも連座で重い罰が下るでしょうね」
シアは、唇を噛むようにしてソボンを睨め上げる。
「それで? ハン家の処罰を減じる為だけに、王位に就けってか?」
「無論、一度王位に就いた暁には、その後の政務もきちんと執って頂きますがね」
「下らない」
フン、と鼻を鳴らして一蹴する。が、ソボンは動じることなく、ゆっくりと一歩踏み出した。
「下らないでしょうか。寧ろご恩返しの機会では?」
「何だと?」
「そうでしょう。ハン前大将様は、大君様をお助けし、共にお逃げにならなければ、本来ならまだご自分のご家族と一緒に過ごしておられたはず」
シアは、刀を握っていた左手を、ピクリと震わせる。
いつの間にか肉薄していたソボンは、ゆったりとした動作で、シアの耳許へ唇を近付けた。
「つまり、彼が亡くなったのは、あなた様の責任でしょう。であれば、反正のあと、下される罰を減じ、ましてや何の罪もないご家族に累を及ぼすのを防ぐのは、あなた様の当然の責務であり、最大のご恩返しですよ」
「――黙れ!」
ほとんど無意識のうちに、シアは鯉口を切っていた。何の準備動作もなく柄を握るが、抜き放つ前に柄頭を易々と掌で止められる。
「そう焦らず。考える時間はございます。お気が変わりましたら、連絡を」
ソボンは、何か書き付けたらしい紙を、シアの右手を取って握らせた。
「ああ、それと、必要ないとは思いますが、一応申し上げておきます。わたくしは、あなた様の周りを、すべて把握している。必要なら、いつでも彼らを質に取ることもできます」
「……ッとに、卑怯だな。繰り返すけど、そーゆーヤツは、仲間に要らない」
「結構です。反正が成り、あなた様が王位に就かれたのを見届けたなら、わたくしはいつでも、あなた様の目の届かぬ場所へと消えましょう。ただ、これも申し上げておきます。ハン前大将様の奥方と末娘は、わたくしの手の中だ。危害を加えられたくなければ、大人しく玉座へお座りになったほうがよいかと」
「父さん……フィギルはもう亡くなってるんだ。会ったこともないあの人の家族のことまで面倒見切れないね」
「さて、それはどうでしょう。彼女らをお見捨てになれない方だからこそ、わたくしは、我が国の民が戴く王殿下として、あなた様を望むのです。ミョンギルのお墨付きでもありますしね」
クスリと、勝ったと言わんばかりの笑いを漏らし、きびすを返すソボンの背に、「それが抜け殻でもいいのかよ」と問いを投げる。
その問いに、その場をあとにしようとしていた彼の足が、ピタリと止まった。そして、顔だけをこちらへ振り向ける。
「抜け殻……ですか?」
「ああ。抜け殻でいいなら、今の世子を新王に据えればいいだろ。あの人なら、今の王の嫡男だ。嫡男を王位に就けたいなら、今の世子……チル兄上だっていいはずじゃねぇのか」
「今の国王殿下は、間違った即位だ。先王殿下を殺して得た座に座っている王を引き下ろして、まずは不正を正さなくてはならない。不正で就いた王の息子は、嫡男でも何でもない。ただの、間違った継承者だ。だから、わたくしは反正を起こすのです。あなた様を王に推戴して」
「そいつはあんたの理屈で、あんたの都合だ。俺は何を言われようと、絶対に王位には就かないし、その前に公式に生き返るつもりはないんだって、どう説明したら分かってくれる?」
ソボンはやはり、うっすらと宥めるような苦笑を浮かべた。
「あなたこそ、分からない方だ。あなた様のご意思は関係ないのです。一度王位にお座りになれば、嫌でもお分かりになる。それが、あなた様の宿命であり、生きる道だと。わたくしはただ、あなた様を正しい道へ、導きたいだけです。それをお分かり頂けないので、わたくしも、世間一般に汚いと言われる手段を執るしかないことは、ご理解ください」
「理解して堪るか、クソ野郎!!」
するとソボンは、軽く吹き出した。まるで、幼い子が一生懸命に訴える何かを、微笑ましく見る様子で。
「では、失礼を。色好きご返事を、お待ちしておりますよ」
ニッコリと満面の笑みで言ったソボンは、手を振って今度こそシアに背を向けた。
遠ざかる背に、抜いた刀を思い切り投げ付けたい衝動を、どうにか堪える。握らされた紙切れを地面へ叩き付けたい暴力的な感情も、紙切れを握り締めることで抑え込んだ。
(……父さん)
久方振りに、その呼び名を脳裏で呟く。
都へ戻る前から、あまりにも色んなことがあって、これまではそれに紛れることで、彼の死による喪失感を忘れていられた。だが、彼の死を意識しないということは、彼に纏わるあらゆることを考えないということと同義だったと、皮肉にもソボンの言葉で思い知らされた。
考えると涙が出て止まらないから、悲しみという洪水に溺れてしまいそうだから、そうなったら蹲って膝を抱えて小さくなって、ひたすら泣いて過ごしたくなるから、今まで彼のことは、敢えて考えないようにしていた。
心の奥底、頭の端っこに、養父に関することは押し込めて、しっかりと鍵を掛けて――けれども、それを終わりにするべき時が来たと、嫌でも悟らざるを得なかった。
(……父さん……)
きつく握り締めていた拳を、ノロノロと持ち上げて開く。
紙切れには、恐らく都のものと思われる地名が書かれていた。住所だろう。
ここに、普段ソボンはいるのだろうか。
(……鍾路五街――……雲従街か?)
店名は、『柳貰冊店』。ということは、書籍を貸し出す商売の店だ。情報を運ぶには、なるほど、打って付けの隠れ蓑だ。
但し、ここを訪ねたからと言って、養父の家族はここにはいるまい。ましてや、ソボンの手の内とは言っても、拘束しておいたら、不都合があるだろう。
イチョムの引き立てで、今彼女らは左補盗庁に勤務しているのだから、突然、無断欠勤でもしようものなら、却って目を惹く。仮にも、ソボンほど頭の回る男が、反正を企てている身で、そこを考えないほど間抜けではないはずだ。
(左補盗庁……大将は、チョン・ハンだったよな……)
そしてハンは、イチョムの配下だ。イチョム肝煎りの人事なら、当たり前の配属かも知れないが――。
面倒臭ぇ、とシアは舌打ちする。
ソボンに、口ではああ言ったものの、知った以上、シアにはフィギルの妻と末娘を保護する以外の選択肢はなかった(ほかの家族は、その居場所上、特に保護しなくても問題はなさそうだが)。
ソボンの言う通りだ。
本当は、分かっている。
シアを助けたばっかりに、養父は家族を捨てる選択をせざるを得なかったのだと。彼が亡くなった直後にも考えたことだ。
たとえ彼の意思だったとしても、そこにいたのがもっと大きな、二十歳を超した大人だったら、養父とて助ける選択はしなかったかも知れない。シアが、炎の中で助けを求めていたのが、養父の実の娘と同じ年頃の子どもだったから、シアは今、命を繋いでいる。
(……分かってるよ。今度は、俺の番だ。たとえあんたが亡くなってても、恩返しする機会があればって、本当はずっと思ってた)
彼が、見返りなど求めていないことも、分かっている。こんなこと、シアの自己満足に過ぎないことも。
ただ、養父が捨てざるを得なかった彼の家族を守るのは、彼に助けられたシアの義務で宿命であることも、嫌というほど理解できている。どうしても、見ぬ振りはできない。
見ぬ振りはできないが、それで自分の人生を牢獄暮らしにする選択もしたくない。
「……くっそ……!!」
どうして、こんなにしがらみが多いのだろう。全部無神経に放り捨てて、自分のやりたいことだけ考えられたら、楽になれるのに。そう、思った直後。
「……シア」
呼ばれて、ハッと目を上げる。
この寺院で、シアを字で呼ぶのは、たった一人だけだ。声のほうへ顔を向けると、予想に違わない人物――フェイジェンが、石段を降りて来るところだった。
「……フェイ……」
呆然と名を呼び返し、彼女が近付いてくるのを眺める。頬に何かが伝う感触と、そこに彼女がそっと指先を触れさせるのとは、同時だった。
「……大丈夫。あたしがいるわ」
「フェイ、お前……」
聞いてたのか、と続けようとする唇を、背伸びした彼女のそれがそっと塞ぐ。
「……あんたがどんな選択をしても、あたしは傍にいる。あんたが王位に就いて、あたしは正妃になれなくても、傍にいるわ。だからあんたは、あんたが納得する道を選んで」
「ッ……」
何を言えばいいのか分からない。ただ、目の前の彼女の身体に、縋るようにきつく抱き締める。
ごめん、と彼女の耳許へ囁く。何に対する謝罪なのか、自分でも分からなかった。謝るべきことが多過ぎる。
「……このまま二人で、倭国にでも逃げようって言ったら、軽蔑するか?」
彼女の首筋に顔を埋めるようにして、ボソボソと呟くと、フェイジェンはシアの肩先に回した腕に、そっと力を込めた。
「全然。分かった。それがあんたの後悔しない道なら、一緒に行くわ」
側頭部に頬を擦り寄せるようにしながら言われて、シアは息を呑んだ。
(後悔、しない道)
彼女が返してくれた言葉を、反芻する。
例えば、本当にこのまま二人で倭国へ発って、後悔しないだろか。考えるまでもなく、『否』という答えしか出ない。
「……お前、俺が十割選ばないって、分かってて言っただろ」
「そうね。本当に倭国に行こうって言われても、あたしは一緒に行ったけど」
クス、と苦笑めいた笑いが耳許に落ちる。互いに、ノロノロと顔が見える場所まで離れ、目を見交わした。
「あんたがそれじゃ納得しないってことも、知ってるから」
柔らかく、でもどこか不敵に笑う彼女に、覚えず苦笑が浮かぶ。
「……ズルい女だな」
あら、心外ね、という台詞は、シアの唇に塞がれて、彼女の喉の奥へ押し戻された。
***
「大君様!」
「ウィ!」
フェイジェンと手を繋ぎ、彼女と共に石段を登り切ると、その少し奥で、貞淑・貞正両姉と、ミョンギルが待っていた。
先程、貞正姉を呼びに来た尼僧は、すでにその場にいない。貞正姉が、下がらせたのだろう。
「よかった、ウィ……戻って来てくれたのね」
駆け寄った貞淑姉が、シアの空いた手を握る。
先刻、ここを出る、と言っただけで下へ降りたので、本当にそのまま寺をあとにするのではないかと、気を揉んでいたのだろう。
シアとしては、万が一にも、ソボンと共にここを離れるようなことがあっては、と思っていたこともあったのだが。
「……まあ、結果的には」
と言いつつ、言葉を継ぐ。
「取り敢えず、私はすぐにここを離れます。フェイジェンも一緒に」
「えっ?」
「貞正姉上。お手数ですが、母上と貞明姉上に宜しくお伝えくださいませんか」
目を見開く貞淑姉に構わず、貞正姉に目を向ける。貞正姉も瞬時、目を丸くしたのち、眉根を寄せた。
「お暇のご挨拶くらい、自分で申し上げたらどう?」
「はっきり言いますけど、今は母上のお決まりの引き留め文句に付き合う暇はありません」
「……本当にはっきり言うわね……」
貞正姉が呆れたように呟く傍ら、貞淑姉が「何があったの?」と質した。
「ソボン殿は、何と?」
シアは、一瞬迷ったが、「王位に就けと、今度は脅迫されました」と正直に告げる。言われたことを話さずにここを離れた場合、ソボンがあとから姉たちに接触して、何を言うか分からない。
「脅迫ですって?」
「はい。周囲の人間、全員を人質に」
「どういうことなの」
「私の周囲はすべて把握していると。私が王位に就くことに同意しなければ……いつでも、私の家族を質に取る準備はあると」
つまり、必要なら、たとえ王族でも殺すことも厭わない、ということだ。
「そんな……」
貞淑姉は、特に衝撃を受けているようだ。
以前の様子から、彼女はソボンを心底信頼していたようだから、当然だろう。
「とにかく、貞淑姉上も、当面はこちらにいてください。ああは言っても、ギリギリまで姉上たちに危害を加えるようなことはしないとは思いますが……」
恐らく、シアとフェイジェン、ミョンギルがここからいなくなれば、この場で武術に長けているのは貞淑姉だけだ。
「それはいいけど……そうなると、家にいる夫と子どもたちが心配だわ」
「ミョンギル」
シアが、ミョンギルに目を向けると、ミョンギルは「は」と小さく言って会釈した。
「あんたは一度、都に戻ってくれるか。鳥とかで影契の仲間に報せてもらってもいいけど、いつソボンが横槍入れてくるか、分かったモンじゃねぇ」
「かしこまりました。ご用命は」
「都にいる俺の家族を、守ってくれるように頼んでもらえるか。つっても、仁城兄上とか慶平兄上みたいな例外もいるし、すっげぇ広範で申し訳ないけど……少なくとも、貞淑姉上のご家族と、……㻑と貞和姉上、それから……」
「恐れながら、『キェ』とは、寧城君様のことでお間違いはありませんか?」
「ああ」
寧城君、こと李㻑は、シアにとってはただ一人、下の兄弟で、九ヶ月下の異母弟に当たる。
彼と、彼の同母姉でシアの異母姉である貞和翁主、ことイ・チュルラン、シアと貞明姉とは母親違いでありながら、特に仲が良かった。
「話の腰を折りまして、申し訳ございません。了解しました。ほかには」
ミョンギルに質され、シアはまた瞬時躊躇った。
これを、姉たちの前で言っていいのかを迷ったのだが、思い直す。これも、あとから姉たちにソボンが接触するかも知れないことを考えると、全部言っておいたほうがいい。
「……父さん……フィギルの奥方と末娘を、安全な場所に保護して欲しい」
©神蔵 眞吹2026.




