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第八章 李适《イ・グァル》

「だめっ……やめて!」

 瞬間、頭からコンの存在は消え去った。

 完全にコンに背を向け、ウィに剣を向ける男を阻もうと地を蹴る。しかし、ミョンフィが男に到達する前に、どこからか飛んできた矢が男の喉笛を貫いた。

 男が地に崩れ、その男に胸倉を掴まれていたウィも、元通り地面へ倒れる。

「えっ?」

 ミョンフィは何度目かで瞠目し、矢の飛んできた方向へ視線を向けた。

 無事だった男たちも同様だ。しかし、その時には矢が雨のように降り注ぎ、庭先にいた男たちを全員行動不能にした。

 直後、大門を叩く音が響く。

「開門! 開門せよ!」

 目をまたたいた。一時の危機を脱したという安堵のあまり、足が崩れそうになるが、こらえる。やって来た者が、味方とは限らないのだ。

 萎えそうになる足を踏ん張り、ウィのもとへ駆け寄る。予期せぬ攻撃から弟を守ろうとするように、彼を抱き起こして腕に抱えた。

 その頃には、誰が門を開けたのか、ゾロゾロと集団が庭へ入ってくる気配がした。

「何事だ!」

「これは、仁城君インソングン様。突然このように大人数で押し掛け、申し訳ございません」

 顔だけ振り向くと、そこにはどこかの武装官庁のおさと思しき装いの武官がいた。

「先程、こちらのお屋敷へ無頼のやからが数人、押し入ったと通報がありましてな。いや、仁城君様に大事がなくてようございました」

 男の言葉は一見白々しすぎるが、筋が通っていなくもない。彼(いわ)くの無頼の輩とされた男たちは、矢をそこここから生やした状態で、男の配下と思しき武官たちに引っ立てられていく。

 その私兵たちを庇えば、あとあと面倒になるのが分かっているからか、コンも唇を悔しげに引き結ぶばかりで何も言い返さない。

翁主慈駕オンジュチャガ、ですか?」

 声を掛けられて顔を前に戻すと、そこには見知らぬ少女がいた。

「あ、ああ……左様だ。そなたは……」

 何が何だか分からないが、取り敢えずの危機は去ったと思っていい。どこからかそう安堵が押し寄せ、気が遠くなりそうになる。

「しっかりしてくださいね。翁主慈駕にまで気絶されたら面倒見切れませんから。この子をお診せください。応急手当だけでもここで済ませましょう」

「あ、え、ええ……」


***


 誰かの指先が、前髪を優しく梳く感覚に、ふと意識が浮上する。

 あれから、どのくらい経ったのだろう。

 カオンと貞淑チョンスク姉に、その場で応急手当を受けてから、医院らしき場所に担ぎ込まれた。そこで、貞淑姉に呼び出されたらしいチュンホとソジョン夫妻に久方振りに会ったが、そのあとすぐ、手術による激痛と格闘する羽目になって――それからの記憶がまったくない。

 苦労して目を上げると、薄闇の向こうにカオンの顔があるのが分かった。彼女のほうも、シアが目を開けたのに気付いたらしい。

「……ごめん。起こした?」

「……いや……」

 囁くような声で問われ、小さく首を振る。

「痛むトコ、ある?」

「……今は、……特には」

 まだ、痛み止めでも効いているお陰だろう。

「そう。ソジョンさん呼んで来るね」

「待っ……」

 うまく声も出なくて、とっさに彼女の腕を掴もうとした右手は、指先が僅かに彼女の上衣チョゴリの袖を引っ掻いただけだった。が、カオンのほうがそれに気付いたらしい。

 シアのほうへ顔を振り向け、浮かし掛けた腰を落とす。

「何?」

「……いや……」

 少しだけここにいてくれ、なんて言えなくて、誤魔化すように「姉上は?」と訊ねた。

「当分は、キョンガンお嬢様に放してもらえないわね」

「……そっか……だよな……」

 貞淑姉に訊きたいことはあったが、シア自身、今は頭がまともに回っていないという自覚がある。今、姉に来てもらっても無駄足を踏ませるだけだ。

 ふと、額に触れた彼女の手の温度が心地好くて、目を閉じる。

「シア?」

「……ん」

「……ううん、何でもない。ソジョンさん、呼ぶね」

 小さく囁いた彼女が遠退く気配を、なぜか寂しいように感じながら、シアは再度、眠りに落ちた。


***


 起き上がれるようになって、意識がはっきりしたのは、それから十日ほど経ってからだった。

 その十日の間、意識があっても、何となくそれに霞が掛かっているようだったから、正直、生命活動の為の必要最低限のことしか、やっていない気がする。


「薬、持って来たわよ」

 久し振りに身体を起こして、布団の束に背を預けてぼんやりしていたその日の昼間、長方形の膳の上に、陶器の器を載せて運んで来たのは、カオンだった。

 今、シアがいる病室は、惠民署ヒェミンソ〔国営の平民向け医療機関〕敷地の奥まった場所にある、所謂隔離病棟のような所らしい。

「シアの素性は明かせないから、通常、惠民署に勤務してる医官様や医女様たちの目に触れる場所にはいられないでしょ? だからって、右捕盗庁ウポドチョンにも専門の設備はないし……まあ、捕盗庁の特性上、応急手当の医務室はあるけど」

「……何で右捕盗庁が出て来るんだよ」

「あたしが仁城君の屋敷に引っ張ってったのが、右捕盗庁の大将テジャン様と、その下の武官だからよ」

 シアが寝起きしている寝台――座敷寝台とでも言えばいいのか、通常の家の上がり框をもう少し広くして、そこに布団を敷いてあるような具合の寝床だ――の端に腰を下ろしたカオンは、膳ごと薬の器をシアにズイと差し出した。

「言ったでしょ。あそこの大将様とは懇意にしてるって」

「どーゆー経緯いきさつだよ。てゆーか、サラッと聞き流しそうだったけど、お前、俺の素性知ってんのか?」

 器を受け取って、中身をチロリと舐める。相変わらず苦い薬を、深呼吸して一気に呷った。

にっげ……」

「はい、口直し。口開けて」

 何も考えず言われた通りにすると、甘味が口へ放り込まれる。砂糖菓子のようだ。

「……で?」

 砂糖菓子を口の中で転がしながら答えを促すと、カオンは「どっちの質問から答える?」と問い返した。シアは、少し考えた末に、「俺の素性」と答える。

 右補盗庁の話のほうが、長くなりそうだからだ。

「いや、待て。それより、仁城君の屋敷に行く時、何であそこに居合わせたんだよ。お前、あれからどうしてたんだ?」

「あんたが彩映楼チェヨンルから消えてから、あの身請け話、一度あたしんトコに回って来かかってね」

「げっ、ごめん」

 カオンに回って来掛かったのは、恐らくあの時、彼女がシアと一緒にいたからだろう。カオンは、苦笑交じりに首を横へ振りながら続けた。

「だから、あたしも早々に逃げ出したの。ここにいるのは、まあ……紆余曲折を経て、とだけ言っとく」

「ふーん……」

 気にならないと言えば嘘になるが、誰にでも言いたくないことはある。

 逆にカオンのほうも、シアが彩映楼から突然消えたのはなぜなのか、彩映楼にいた頃一緒にいたフィギルはどうしたのか、気になるだろうに一言も訊かない。それこそ普通に流してしまいそうだが、シアにとってはこれ以上ないくらいありがたいことだ。

「……じゃ、あの場に居合わせたのは?」

「通り掛かっただけ。キョンガンお嬢様があれだけ大騒ぎしてれば、まあ、あたしも人並みに好奇心はあるから気になってね。ノコノコ近寄ったら、聞き覚えのある声まで聞こえたから」

 カオンは、瞬時、チラリとシアに視線を投げた。

「で、あんたの素性云々、って話とも絡むけど、キョンガンお嬢様やチャギョムさんに、少なくとももう男だって明かしてるっぽいのが疑問だったし」

 正確に言えば、キョンガンには性別は明かしたつもりはないのだが。

「そもそもあんたが、貞淑翁主慈駕を助けに行く義理ってあるのかなって思ったから、チャギョムさんに訊いたの。チャギョムさんは渋ってたけど、厳重口止めの上で、翁主慈駕ご自身が教えて下さったわ」

 ピクリとこめかみが引きった。

(……姉上の奴……!)

 貞淑姉自身は、『線引きはわきまえている』などと言っていたが、どうしてどうして、りにって一般人に近いカオンに話してしまうなど、その線引きはシアから見れば非常に怪しい。

「こ・こ。しわ寄ってる」

 カオンが、人差し指で、ツンツンとシアの眉間を突く。「うるせぇ、元々寄ってんだよっ」と、およそ事実とは言いがたいことを返しながら、彼女の手を払った。

 彼女は、苦笑を深くしながら、「安心してよ。誰にも言わないから」と告げる。

 シアは、目をしばたたき、やがて彼女と同じように苦笑を浮かべた。考えてみれば、彼女ほど信用できる、一般人である他人もいないかも知れない。

 彩映楼にいた頃は、男だとバレてもそれを触れ回らなかったし、(元)王族と分かった今も、態度が変わらない。

「……で、右補盗庁の大将と懇意なのは何でだよ」

 カオンは、キョトンとした表情で一つまばたきすると、再度苦笑した。

「……少し、事情があってね。都に来てから色々情報網とツテ作る為に動き回ってたから。大将様と知り合ったのは、その副産物っていうか……」

 彼女の指先が、耳におくれ毛を掛けるように動く。その仕草は、彼女が『嘘は言っていないが、肝心なことを隠している』時の癖だということを、シアは彩映楼で二年、彼女と接するあいだに知っていた。

 そういう時、突っ込んで訊いても、彼女から答えは得られない、ということも、だ。

 無意識に吐息を漏らした直後、「邪魔するぞ」という低くて耳障りのいい声音が割り込んで来た。扉も叩かず、出し抜けにひらいたそこから、非番の武官という出で立ちの男が入室して来る。その左手には、鞘に収まった刀を携えている。

 まったく気配を感じなかったので、覚えず身構えた。カオンも、はじかれたように扉のほうへ顔を振り向けたが、

「……何だ、白圭ペッキュさんか」

 と応えた声音には、驚いているような色は含まれていない。

「ペッキュ?」

「イ大将様のあざなよ」

 この短いやり取りのあいだに、ペッキュと呼ばれた男は扉を閉め、寝台のほうへ歩を進めた。

「意識が戻ったと聞いたのでな。イム・シア――とここでは呼ばせてもらう」

「……てことは、あんたも俺の素性(・・)は知ってるってことか?」

 シアは、顎を引いて、ペッキュを半ばめ上げた。

「好きに取れ。先刻、こちらのお嬢さんからご紹介にあずかった、イ・グァルだ。今は、右捕盗庁で大将を勤めてる」

「それで? その右捕盗庁の大将サマが、わざわざ王室の内輪揉めに介入した理由は何だよ。今、逃亡罪人って肩書きの俺に肩入れしたって、得なんかねぇと思うけど」

 素っ気なく返すと、ペッキュ――イ・グァルは、瞬時キョトンと目をみはり、カオンへ視線を向けた。

「……なるほど。確かに危なっかしいな」

「でしょ?」

「何の話だよ、質問に答えろっ」

 わけの分からない評価に晒され、覚えず噛み付くように叫ぶ。ついでに、思わぬ所に力が入って、走った痛みに歯を食い縛った。

 それを、やや呆れたように見下ろしたクァルだったが、この場で余計なことはもう言わず、ゆったりと腕組みする。

慶運宮キョンウングンの一件は、その立地から、右捕盗庁の管轄だからな。今も調査は続いている。それに関して、カオン嬢からタレコミがあった。つまり、仁城君邸で騒ぎが起きていて、人相書きの一人――お前さんが関わっているという話だったから乗り込んだだけだ」

「……仁城君邸も右捕盗庁の管轄か?」

「まあな。今のところ、仁城君邸で捕らえた者に関しては何も分かっていない。右捕盗庁に投獄しておいたんだが、翌日にはどうしたわけか、全員が殺されてたもんでな」

「はあ!?」

 思わず叫んでしまって、また右脇腹の傷に響く。

「ちょっ……待てよ、右捕盗庁の警備態勢どーなってんだ!? それで都の治安預かってるとか、呆れるな!」

 傷を手で押さえながらも遠慮なく叫ぶと、クァルも、

「まったく以て、耳が痛いとしか言えんな」

 と言いつつ、耳許を掻くようにしながら溜息をいた。

「他人事かよ。殺人犯は捕まったんだろうな」

「鋭意捜索中だ。そっちの件についてはお前さんも被害者だから、随時報告はする。とにかく、今日ここへは慶運宮炎上の件で、お前さんに聴取に来たんだ」

「先に言うけど、火ぃ着けたのは俺じゃねぇぞ」

「主張だけは受け取っておく。が、捜査するこちらとしては、中立の立場は守らせて欲しい。冤罪だというなら、もちろんそれも捜査する」

「……あれ、でも待てよ」

「何をだ」

「慶運宮の件って、義禁府ウィグムブの担当じゃないのか。一応あそこも王室の別宮だし、死に掛けたのってウチの母上と姉上だし」

 貞明チョンミョン姉は置いておいて、母は先王の側室に降格されたとは言え、まだ王室の人間だ。王室(がら)みの事件となると、基本管轄は義禁府のはずである。

「だからこそ、モ・ヂュンファンって女も義禁府に駆け込んだはずだし……」

「国王殿下は、今はもう義禁府を信じていらっしゃらない。だから、右捕盗庁ウチにお鉢が回ってきたんだ。お前さんには幸か不幸か、な」

「義禁府を信じてないって……どういうことだよ」

「そもそも、殿下は兄君である臨海君イメグン様が亡くなられた件から、その死因をお疑いだ」

 クァルは、壁へ背を預けながら言葉を継いだ。

「当然、お前さんが陥れられた、七庶獄事チルソオクサに関してもな。一昨年、俺が右捕盗庁へ就任した際、一連の事件について、殿下は密かに再調査を命じられた」

「密かに?」

「ああ。綾昌君ヌンチャングン様が亡くなられたシン・ギョンフィの獄事に関してもだ。と言っても、同時進行で捜査はしているが、何しろ臨海君様の事件からは十年以上も経っているから、中々進捗はよろしくない。そこへ持って来て、先日の慶運宮の炎上事件だ。これに関しても、殿下は俺に密命を下された」

「何であんたに白羽の矢が立ったんだよ」

「まあ、俺の経歴上だろう」

「経歴上?」

「自慢じゃないが、俺の武科及第、及び縣監ヒョンガム就任最年少記録は未だ破られていないはずだ」

 縣監とは、地方官吏の一種だ。

「……いくつだったんだよ」

「十二の時だな。そのも十六で大静テジョン縣監やら、十九で兵曹佐郎ピョンジョチャラン〔※兵曹…軍事全般統括部署 ※佐郎…役職の一つ〕やら、二十歳で泰安テアン郡守グンス〔※郡守…地方官吏の一種〕と鏡城キョンソン判官パングァン〔※判官…地方官吏の一種〕を歴任したし、二十三の時には高霊コリョ郡守と永興府使ヨンフンブサ〔※府使…地方官吏の一種〕を勤めたり……まあ、平均的に役職と釣り合わない年齢だったからか、周囲のねたそねみも凄まじいなんてものじゃなくてな。理不尽に陥れられるのは茶飯事だった。歪まずにここまで来たのが、我ながら不思議なくらいだ」

 至って真面目な顔で指折り数えているところを見ると、本人としては本当に自慢ではなく、ただ経歴を喋っているだけらしい。

「二十九で済州チェジュ牧使モクサ〔※牧使…守令の一種〕に就任して、三十二の時まで勤めたんだが、途中で不当な弾劾に遭ってな」

 クァルによると、朝廷の許可なく兵糧と武器を製造した為、当時の右副承旨ウブスンジから弾劾されたという。が、クァルとしては、即刻必要だと判断したが、朝廷の返事を待っていたら間に合わなかったから独断でやっただけだったようだ。

 王の秘書室とも言える承政院スンジョンウォン所属の官吏からの弾劾だった所為か、その弾劾上奏は兄王の目にも留まり、結果的にその宥和で、クァルは済州牧使を勤め上げたらしい。

「それを切っ掛けに、実はしょっちゅう陥れられていた俺の境遇に、殿下が気付いてくださった。翌年には都に呼び寄せられ、右捕盗庁の大将に任じられた。以後、ご信頼をいただいている」

「……ふーん……」

 光海クァンヘ兄については、どうにも頼りない話しか聞いていなかった為、クァルは嘘をいていないだろうが、内容にはいまいち同意でき兼ねる。

 こちらの渋面には首を傾げつつ、クァルは「ま、密命を受けているのは、そうした理由からだ」と話を結んだ。

「じゃ、もしかして、こないだから人相書きで俺と母上たちを血眼になって捜してる義禁府には、その密命の件は通ってねぇってことか?」

「そういうことだ。イ・イチョム辺りにバレたら、また妨害工作がすごいことになるだろうな」

 というわけで、と挟んで、クァルは壁から背を浮かせ、シアとカオンのいる寝台へ歩み寄った。

「そんな妨害が入る前に、せめて慶運宮の件は解決したい。お前さんの見聞きした範囲でいい。宮が炎上した日、宮内で何があったか聞かせてくれないか」

「……その前に訊くけど、俺の素性こと、光海兄上に話す予定あるのか?」

「お前さんが明かしたくなければ、素性については伏せておくと約束しよう」

「その約束、どうやって信用すればいい?」

「俺の経歴については、たった今話したな」

「それが何だよ」

「お前さんと同じ目に散々遭って来たんだ。俺の場合、命取られるところまでは行ってないが、同じ境遇の、しかもガキを朝廷に突き出すなんて、とてもじゃないが考えられない」

 その表情は、真面目なのかおどけているのかの判断は付きがたかった。

 逡巡するシアを見兼ねたのか、カオンが口をひらく。

「ねぇ、シア」

「あ?」

「あたしが信用してるって言ったら、信じる?」

「どういう意味だよ」

「だってあんた、あたしのことは信用してるでしょ」

「……~~~~ッッ……」

 捻りもなく直線的に指摘され、シアは、背後の布団に背を預けて仰け反り、顔に手を当てた。

「……実は、今朝廷で慶運宮襲撃の実行犯が弾劾されてるんだがな」

「はあ!?」

 不意に降ってきた声に、シアはガバリと身体を起こす。その急激な動きに、またしても右脇腹が悲鳴を上げるが、構っていられない。

「実行犯だ? いつ捕まえたんだよ!」

「ま、右捕盗庁の地道な調査の末、とだけ言っておく」

 考えてみれば、シアは傷の影響で十日ほども唸っていたし、加えてその前に数日、睡蓮楼スリョンルに閉じ籠もっていた。つまり、慶運宮の炎上から今この時まで、少なくとも半月はあったことになる。

 真面目に捜査する官庁があれば、何かしら進展があってもいい頃合いなのは否めない。

「じゃ、俺が手配されてるのなんて筋違いもいいトコじゃ」

「そういうことだ。だが、犯人は大北テブク派の人間だし、大北派そちらの官僚からは、冤罪だという上奏も山になっているから、決定打がなければ揉み消されるだろうな。お前さんの目撃証言は、その決定打になりうる。そうしたら、大北派の牙城を崩す切っ掛けにもなるだろう。その延長線上には、お前さんの冤罪を晴らす道も見えると思うが」

 どうする? と促すような流し目を、シアは鋭く切れそうな瞳で見据え返した。


©️神蔵 眞吹2025.

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