僕の春。
遠い昔に長編として書こうとして挫折した作品です........。
高校二年生の春。僕は今も学校の片隅にある第二美術室で一人で絵を描き続けている。
◇◇◇◇
高校入学の日。僕は高校入学式と教室でのHRが終わって早々に美術部の入部届を先生に提出した。聞くところによると美術部の部員は去年いなくなり、新入生に入部希望者がいなければ廃部になる予定だったそうだ。そして、部活勧誘期間を終えて皆がだいたい入る部活を決めた現在5月、美術部には新しい部員は誰も入らなかった。勧誘を何も行わなかったので当然だ。僕としてはそれでいい。人付き合いは苦手だ。絵は一人で集中して描きたい。
今日も部活をしに第二美術室に向かう。この第二美術室は普段授業で使う第一美術室とは違い校舎の奥まったところに位置していて、客観的にみると不便だ、と感じるかもしれないが、夕方になると教室の窓から水色からオレンジに、オレンジから黒に代わる空のグラデーションが奇麗で、人が来なくて物静かな空間も相まって、なかなかに気に入っている。
HRが長引いて少し遅れてしまったが、いつものようにガラガラと教室の扉を開く。
その時、ちょうど風がバサッと吹いてカーテンが大きく揺れた。そして一緒に長くてきれいな黒髪が目に飛び込んできた。窓の外をぼんやりと眺めるその表情は夕暮れの色を反射してオレンジに染まり、ともすれば憂を帯びているようにも見える。胸元の青色のリボンは同級生、つまり高校一年生を示す色だ。誰かいると思っていなかった僕は意表を突かれて少しの間固まる。扉を開く音に反応してその女生徒がゆっくりとこちらを振り向く。あちらも誰かが来ると思っていなかったようでほんの少し驚きの表情を見せる。
「あれ、もしかしてこの教室使う? ごめん、去年美術部がなくなったし、今年勧誘もしてなかったからもう使ってないと思ったんだけど。」
先ほどまでの表情をぱっと切り替えてさばさばと笑う。そして、僕はその女生徒の去年、という言葉に突っかかる。一年生なら去年はまだこの学校にいないはずだ。
「えっと、僕が今年美術部に入部したので……。えっと……。」
つくづく自分のコミュニケーション能力の欠如に嫌気がさす。
ちらちらとリボンを見る僕の目線で察してその人は快く心の中の疑問に答えてくれた。
「いやー、私本当ならピッカピカの大学生デビューをする予定だったんだけど、留年しちゃってさー。今、高校三年生。」
……。あまり触れちゃいけない話題な気がする。僕は会話を方向転換することにする。
「えっと、先輩はここで何を……。」
「あはは、ただ夕日を眺めてただけだよー。でも先生にちゃんと確認すればよかったね。まさか美術部が復活してると思わなくて。ごめんね、邪魔しちゃって。すぐに退散するから。」
「いえ、あの……、もう少し居てもも大丈夫ですよ。」
思わず出てきた自分の言葉にびっくりする。もしかしたら、先輩の窓の外を眺めていたその表情が妙に気にかかって、言ってしまったのかもしれない。
「そう? ありがとう。静かにしてるから。」
先輩がまた窓の外を眺める。暗くなってきたので僕は教室の蛍光灯をパチッとつけて、土台の上に書きかけのキャンパスを置いて絵を描き始める。
今描いているのは美術室の風景画で、絵を描き始めた中学の時からいろいろな場所の風景画を鉛筆で描いている。
僕が準備を終えて絵を描き始めると、シャッ、シャッ、という鉛筆がキャンパスの上をなぞる心地よい音だけが美術室に響く。
机はどんなタッチで描こうか、どうしたらこの夕方の教室を白黒でうまく表現できるか、どんどん自分の絵の世界に入っていく。今日は窓の前に先輩が座っているので、自然とそこの部分はポッカリと空白になる。
刻々と時間が過ぎていき、下校時刻を知らせるチャイムの音に我に返る。ふう、と一息ついてキャンパスから顔を上げると驚いたことに先輩がこちらをじっと眺めていて、ぱっと目が合う。
先輩は見ていたことがばれて少し恥ずかしかったのか慌てて顔をそむけた。僕も知らぬ間に見られていた、ということが妙に恥ずかしくてまたキャンパスに顔を向ける。
気まずさに耐えかねたのか、先輩はこちらに歩み寄ってくる。先輩から顔を背けていた僕はその行動に気づくのに遅れて、キャンパスを隠すことが出来なかった。
「あっ。」
「お~。」
先輩が僕のキャンパスをのぞき込む。僕は絵を誰かに見られたのは初めてで、恥ずかしくて頭に血が上るのを感じる。慌てて隠すが手遅れだった。先輩のお~、がどういう意味のリアクションなのか測りかねて、先輩の顔を見ることが出来ない。
「凄いきれい!!」
真っ直ぐな賛美の言葉だった。
「あ、ありがとうございます……。で、でも、まだまだで、ここの線が歪んだり……。」
「すごくきれいだよ!!私はこの絵好きだよ。」
ブワッと風が吹く。
今から思うと、多分このときだと思う。僕がこの人に恋に落ちたのは。
読んでいただきありがとうございました!
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