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世界でいちばんだいきらい

作者: ともにゃ

「サバー、サバにゃーん。帰ったよー」


鍵の回る音がして、タカシの猫なで声がしました。


うげっ。


もう帰ってきたのお。


サバは急いでベッドの下にもぐりこもうとしました。


が、ぐわしっ!


一瞬遅く、タカシの腕に抱きかかえられてしまいました。


「んー、かわいいなあ。

サバは世界一かわいいネコちゃんだなー」


頬ずりをするタカシの鼻に、サバはパンチをくらわし、両足でタカシの胸を蹴って、タンスの上に飛び乗りました。


「いてててててっ!サバぁっ、なんだよ!」


ふん。


サバはタンスからタカシの手の届かないクローゼットの上に移動して、頬ずりされた顔を前足で洗いました。


「なんでだよ、サバ。

最近、冷たいなあ・・・」


タカシはさみしい目をして、サバを見上げています。


サバはもうすぐ1歳になる、雑種のメスネコです。

子ネコの時に、路上をよたよた歩いているところを、タカシに拾われました。


体の模様が魚のサバのようだというので、サバと名づけられました。


小さい頃はよくわからなかったけど、最近のサバはタカシのことが嫌いです。


タカシははたちの大学生。


背が低くてずんぐりとした体は、まるで「トトロ」のよう。


手足は黒い毛がもじゃもじゃと生えているし、お腹はムーミンのあごのようにたるんでいるし、若いのに頭の毛もなんだかさみしい・・・。


そう。とってもオヤジくさいのです。


かっこ悪いなあ、とサバは思っています。


おまけに、タカシはだらしなくって、いつも部屋を散らかしています。


お皿はキッチンに汚れたまま積まれているし、洗濯物だってたまっています。

お風呂だって、入らないことがあるくらい。


きれい好きのサバは、毎日何時間も毛づくろいして、美しい毛並みを保っているのに・・・。


「サバぁ、ほら、おいしい缶詰だぞ。まぐろだぞ」


優しい声でタカシが呼んでも、サバは見向きもしません。


はあ・・・。


タカシはため息をついて、うなだれます。


「最初、道端で出会った時は、まっしぐらにオレのところへ駆けて来てくれたのになあ・・・」


ふん。


覚えてないよ、そんな昔のこと。


きらいきらい。


あんたなんか、だーいきらい。









ある日サバは、隣の部屋のベランダから外付けの階段を使って、外へ出られることを発見しました。


サバの部屋のベランダと、隣の部屋のベランダは、間に柵が立ててあるだけで、つながっているのです。

柵をくぐって隣のベランダへ行けば、階段までは50センチほど。簡単にジャンプできます。階段を下りれば、そこはもう外なのです。


やったあ!


マンションで暮らすようになってから、一度も外へ出たことはありません。

なんだか怖いような気もします。でも。


外へ出れば、今日はタカシのうっとうしい顔を見ずにすむのです。

ううん、気が進まなければ、もう戻って来なければいいのだから。


サバは迷わず外へ飛び出しました。









うわあっ。


まぶしさにサバは目を細めました。


部屋の中に入ってくる光とは、ぜんぜん違う。

さんさんと、サバを、世界を、包んでいる暖かい光。


耳や背中やシッポをなでていく、やわらかな風。


緑の葉っぱのにおい。


鼻先を小さな羽虫が飛んでいきます。


すごい。

すてき。

わくわくする!


サバはシッポを立てて歩き出しました。









マンションの横には川が流れていて、その岸辺は桜並木の遊歩道になっています。

もう桜の季節はとうに過ぎてしまったけれど、葉桜がとてもきれい。


樹の間には花壇があつらえてあって、色とりどりの花が咲いています。


蜜を目あてにやって来るちょうちょと追いかけっこをしながら、サバはレンガの道を進んで行きました。


気もちのよい季節。


散歩中の親子連れが近づいてきて、「ねこちゃん!」と背中をなでて行きました。


うにゃーん。


サバはとっておきの可愛らしい鳴き方で応えます。


たのしい。

たのしいな。


あたし、なんでおとなしくタカシなんかに飼われてたんだろう。


外にはきれいなものがこんなにたくさんあるのに。


もし、ノラ猫としてやって行けないとしたって、タカシなんかよりずっとかっこいい人に拾ってもらえばいいじゃん。

きれいな女の人でもいいかなあ。


このまま本当に戻らなければ・・・。


ちょっと心が痛む気もするけれど、悪い考えではないように思えます。


あんなせまいワンルームじゃなくって、庭付きの一戸建てとか・・・。


ふと見れば、すぐそこに西洋風のかわいいお家が見えます。


ちょっと見学してみよーっと。


サバはすっかりその気になって、白い門扉をくぐりました。









白い出窓にレースのカーテンが揺れています。


なんだか、甘いお菓子のにおいがするみたい・・・。


とん!


テラスの上に降り立ったとき。


ぅぅぅぅぅぅ・・・・・・。


後ろで低いうなり声がしました。


「この泥棒ネコ。

何しに来やがった?」


驚いてふり返ると、大きな茶色のイヌがサバをにらんで唸っています。

サバは体中の毛を逆立てて、斜め後ろに飛びのきました。


「ここはオレんちだぞ。勝手に入ってくるんじゃねえ!」


どすのきいた声でがなられて、サバは謝ることも思いつかずに、一目散に逃げ出しました。


「このやろう、待て!」


すかさず、イヌは追ってきます。

ああ、運の悪いことに、首輪がつないでありません。


どうしよう。

怖い!


サバは必死で走りました。


ネコは高い所やせまい小道も、すばやく通り抜けることができますが、イヌはそういう迷路のような道は苦手です。

サバは追いつかれないように、わざとそういう道を選びました。


ゴミ置き場の裏を走りぬけ、ブロック塀を飛び越え、つつじのしげみをくぐり。


もう大丈夫かな?


アスファルトの歩道に出て、後ろを振り返ったとき。


キキーッ!


ガシャーン!!


サバの目の前ですごい音がしました。


いきなり飛び出したサバをよけきれずに、自転車に乗った男の人がひっくり返ったのです。

びっくりして、サバは置き物のように固まってしまいました。


「いってえ・・・」


男の人はすねをさすりながら、起き上がりました。

そして次の瞬間。


「何しやがんだ、この馬鹿ネコ!」


そう言って、サバのお腹をいきなり蹴り上げたのです。


「!!!」


突然のことに、何が起こったのかわかりませんでした。


けれど、ものすごい痛みが、サバを襲いました。


サバは息をつまらせて、その場にうずくまりました。


「ふざけんなや!」


男の人は再びサバに向かってきました。


いや!!


サバは死にもの狂いで、歩道の植えこみにもぐりこみました。

痛みで、とても動ける状態ではありませんでしたが、必死でした。


「ちっ」


男は、がしゃあっと足で植えこみを払いました。


サバは地面に這いつくばって、がたがたと震えました。


男は舌打ちをして、自転車を起こすと悪態をつきながら行ってしまいました。


それでもしばらく、サバはそこから動くことができませんでした。









おうちに帰ろう。


サバはまだズキズキするお腹をかばいながら、植え込みから這い出しました。


外は楽しいけれど、楽しいと思ったけれど、それだけじゃないみたい・・・。


悲しい気もちで、サバは周りを見まわしました。


ここ、どこ・・・?


イヌに追いかけられ、やみくもに逃げ回ってしまったので、どうやら道がわからなくなってしまったようです。


ただでさえ、サバは外に出たことがなかったのですから。


どうしよう・・・。


じっとしていてもしかたないので、サバはとぼとぼと歩き出しました。


そのうちに、見たことのある道に出るかもしれない。


ぽつん。


何かが、サバの頭の上に落ちてきました。


ぽつん、ぽつん。


雨です。雨が降りはじめました。


もう、なんで雨なんか降るのよう。


サバは近くにあったコンビニの軒下に身をよせ、雨をさけました。


でもコンビニにはたくさんの人が出入りします。

さっき、見知らぬ男の人に突然蹴られたサバは、人の近くにいることが、なんだか怖いように思われました。


サバは正面を避けて、裏にまわりました。


裏口にはゴミ捨て場があって、ダンボールがたくさん積まれています。

サバはそのダンボールのすき間に入り込みました。


ここならきっと安全です。雨もかかりません。


あんなに明るく陽が差していたのに、あたりは雨のせいで急に暗くなってきました。

雨はやむようすもなく、かえって強くなっているようです。


サバはとても心細くなりました。


おなかへったなあ・・・。


ばんっとコンビニの裏口が開いて、従業員のお姉さんが青いポリバケツの中にゴミを捨てました。

食べ物のにおいのするゴミです。


ごくり。

サバはつばを飲みこみました。


なんか、食べられるものが入っているかも・・・!


サバはダンボールの間から這い出して、バケツのふたを開けました。


「おいおい、お姉ちゃん。ここはあたいのナワバリだよ」


えっ、と振り向くと、雨の中に大きな三毛ネコが立っていました。


「こちとら、雨に濡れちまって疲れてるんだ。どいとくれよ」


三毛ネコは、ぐいとサバを押しのけて、ポリバケツをのぞきこみました。

ビニールに歯を立てて、中の残飯を取り出そうとしています。


「あ、あのう・・・」


少し食べるものを分けてもらえたら、と思って、サバは三毛に声をかけました。


しかし、三毛ネコはぎろりとサバをにらみ、


「さっさと行っちまいなってんだよ!」


とあごをつきだしました。


サバはがっかりして、ダンボールの陰に戻ろうとしました。


「ちょいちょい、おじょうちゃん。ここはあたいのナワバリだっつっただろうよ。

こんな所でくつろがれても困るんだ。出てっておくれ」


三毛ネコに追い立てられるようにして、サバは雨の中に出て行きました。









おなかすいた。


サバはびしょ濡れになって、冷たい街の中を歩いていました。


寒い。


雨はサバのやわらかい毛の芯まで濡らしていました。


こんなことになるんなら、うちにいればよかった。


いつもなら、おいしいご飯をお腹いっぱいに食べて、暖かいベッドの上でウトウトしているところです。

タカシが帰ってきて、「サバー」となでてくれているでしょう。


タカシ、心配してるだろうな・・・。


おうちに帰りたいよ・・・!


ざしゃあああっ。


自動車が泥水を撥ね上げます。

サバにはもう、よける気力もありません。


バス停にきれいな女の人が立っています。


サバが、こんな人に飼ってもらえたらな、と想像したような、髪の長い優しそうな女の人です。


せめて、優しい言葉をかけてもらいたくて、サバはよたよたと近づきました。


にゃーん。


女の人は、細い眉をしかめて後ずさりました。


「嫌だ、汚いネコ!」


サバは泣きたくなりました。


おかしいな。


サバは世界一かわいいネコのはずなのに。


世界で1番かわいくて、おりこうで、素敵なネコのはずなのに。


タカシは毎日何度もそう言って抱きしめてくれるのに。


そのとき。


「サバーっ」


遠くで声がしました。


「サバーっ」


呼んでる。


サバを探してる。


だっ!!


サバは夢中で声のする方へ走りました。


「サバ!」


向こうから、不細工な男が駆けて来ます。


デブで、手足が短くて、オヤジくさい男。


世界でいちばん、だいきらいなやつ。


「サバ!よかった、よかったよ、無事だったんだね!」


びしょ濡れで、泥にまみれた汚いサバを、タカシはぎゅうっと抱きしめました。


そっか。


そうだった------。


サバは思い出しました。


あの時。


お腹がへって、あちこちかゆくて、寒くて、心細くて、泣きそうになっていたあの時も、人ごみの中で、この人の優しいにおいを感じて、駆けて行ったんだ------。


サバはのどを鳴らしながら、タカシに頬をすり寄せました。


ごめんね。忘れてしまってて。


「さあ、帰ろう。うちに」


にっこり笑ったタカシの顔を、もしかしてちょっとは素敵かも、とサバは思いました。



この話、サバを擬人化してツンデレな感じの女の子にしたら、アキバ系のタカシとの組み合わせが、ちょっとエロっぽくなっていい?ですね。

ていうか、「ほのぼの童話」のつもりで書いたのに、もうエロにしか読めません。

(余計なあとがきをスミマセン。)

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