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グレイシアシリーズ

幸せになれると思っていた

作者: ひよこ1号

カリン視点です。

カリンの母メリンは美しかった。

夕陽色の髪も瞳も母譲りの美貌だ。

昔、男爵家で下女をしていた時に、その家の令息に見初められて身の回りのお世話をする小間使いに昇格して、カリンを身籠ったのである。

醜聞を恐れた前の当主に手当を貰う事で、母娘二人は市井でのんびりと暮らす事が出来ていた。

父親はいなくても、父親の代わりなら幾らでもいる。

母はいつでも男を侍らせていた。


娼婦、と罵られる事もあったけれど、カリンにはそれがどんな意味なのかは分からなかったし、母は笑顔で「私が綺麗だから嫉妬してるのよ」と笑うだけだ。

実際に、母は美しい。

娼婦とか売女と罵った女の人が、一緒にいた男に殴られているのも見た事がある。

母はただ、美しい顔で笑ってそれを見ていた。


近所の男の子たちも、カリンは可愛いから、と色々な物をくれる。

要らない物でも、笑顔でお礼を言えば、もっと素敵な物を持ってきてくれた。

母もそんなカリンをとても誉めてくれたのだ。


「男の人ってね、甘えてくれる女の子が好きなのよ」

「褒められるのが好きなの」

「だから、貴女は素敵な男性を捕まえるのよ?」



そんなある日、母は突然別れを告げて来た。


「男爵家の旦那様がね、貴女を引き取って、貴族の学校へ入れて下さるんですって。貴族の学校なら、貴女も貴族の男性を捕まえられるのよ?もしかしたら、王子様だって。だから、頑張りなさい」


笑顔の母は年齢よりも若くて美しい。

カリンは男爵に売られたのだと分かっていたけれど、母心も分かっていた。

このままここにいても、楽な生活は出来るけど、母が死んだら終わってしまう。

カリンは母の様に頼れる男を見つけなければいけないのだ。



男爵家に引き取られてからというもの、厳しい家庭教師が付けられたことは面倒だった。


「何故こんな事も分からないのですか」

「習ってこなかったんだから仕方ないじゃない」


怒られるたびにカリンは言い返す。

文字は最低限読み書きできるけれど、この国の歴史なんてどうでもいい事は覚えていないし、覚える気も無い。

礼儀作法も母に教わったけれど、違う違うと怒られる。

低位貴族の男爵家でも、その程度の所作では笑われると罵られた。


「そんな事では、学園に入っても婚約者なんて見つかりませんよ」


と言われたのが一番カリンに響いた言葉だった。


それは、まずい。

王子様を狙っているのに、低位貴族の水準すら超えていなければ、見ても貰えないのだ。


必死で学ぶけれど、すぐには身に付かない。

身に付かないなりに何とか、入学までは間に合った。



読み書きについても同じく、家庭教師は匙を投げようとしてはた、と思いついた。

この子は興味のある事柄だけは努力するのだ、と。

だから、恋愛を主体とした物語の本を与えた。

勿論、男爵家の費用から、である。


すると、カリンはめきめきと言葉を覚え始めた。

辞書も借りて、何とかそれを駆使しながら物語を読み進める。


「この物語の主人公って、まるで私だわ!」


読んでいた物語の主人公は、恵まれない家に生まれた令嬢で、平民上がりと虐められる女の子だ。

そんな女の子が学校へ通い出して、色々な男性を虜にしていく。

悪役のご令嬢が邪魔してくるけど、令息に相談したら、その人が遠ざけてくれるのだ。


守られて、愛されて。

きっと、私もこうなるのね!


確かに、それは一部、当たっていたのだが、現実はそこまで甘いものではないのだと、カリンは知らずにいた。




学園に入学して、すぐに王子様は見つかった。

レクサスは、入学式に新入生代表として挨拶をしたのだ。

その爽やかで甘く美しい顔に、カリンは胸をときめかせた。

毎年の事だが、代表はその年の入学試験で1位の成績を取った者が行うというのだから、優秀なのである。

カリンはそう信じて疑わなかった。


確か、王子様と出会うには、偶然を装うのよね?


最初は物語みたいに、ぶつかって、と思ったけれど、近寄れない。

何故なら、走って近づくと護衛が間に入って近づかせないのだ。

背の高い青年で、目つきも鋭いので怖かった。


「殿下に走って近づくな」


けんもほろろに言われて、カリンは素直に頭を下げる。


「すみませんでした。少し慌てていて…」


言い訳をしている内に、さっさと王子は通り過ぎて行ってしまった。

舌打ちをした護衛が、ムスッとしたようにその後を追う。

制服を着ているという事は、本物の騎士ではなく、男子生徒のようだった。

彼は厄介な相手だ、とカリンは直感する。


もっと、別の方法を考えないと駄目ね。



そして、カリンは行動を開始した。

王子がよく通りかかる、庭に面した渡り廊下で、待ち構える。


近づけないのなら、近づいて貰えばいいのよね。


側近と騎士を連れた王子が遠目に見えて、カリンは泣き真似を始めた。

幼い頃から、涙を操るのだけは得意だったのだ。

声を上げて、ぽろぽろと涙を落とすカリンの姿に、レクサスは近づいてきた。


「どうした?」

「……あの、私、母からもらったペンダントを落としてしまったみたいで……それで……うっ」


視界の片隅に映る騎士は呆れたような不満そうな顔をしているが、王子は心配そうに美しい顔でカリンを見つめる。


「この辺りで落としたのか?」

「……はい、そう思ったんですけど、見つからなくって……」


しゃくりあげながらも、行かないで、というように涙に濡れた瞳で見上げれば、レクサスは頷いた。


「よし、手伝おう」


「王子、その様な事は」

「困っている女性を見捨ててはおけないだろう」


止めようとした側近に言うと、レクサスは茂みの中を探し始めた。

カリンも、近くの茂みを探す振りをする。

見つけやすい所に仕込んだのだから、すぐに王子が見つけるだろう、と思ったが、余計な邪魔が入らなくて良かったとカリンは安堵した。


「ん?もしや、これか?」

「あっ……そうです、ありがとうございます!嬉しい……っ」


大袈裟に喜んで、カリンはレクサスにぎゅっと抱きついた。


「大事な物だったんです。……良かったぁ……レクサス様はお優しいのですね……」


抱きついたまま見上げれば、レクサスが得意そうな嬉し気な笑顔を向ける。


「いや、見つかって良かった。もう落とすのではないぞ」

「はい。あの、私カリンって言います。またレクサス様とお話したいです」

「ああ、構わないぞ。では、またな」

「はい、ありがとうございました」


そこから先は接点があるので楽だった。

御礼だと言ってクッキーを差し入れたり……毒見の問題もあるので、封をされた店で買った物を持って行き、側近やレクサスと親しくするうちに、勉強を教えて貰えるようにもなったのだ。


カリンは勉強が苦手だ。

文字は読めるようになったが、歴史になんて興味はないし、計算も良く分からない。

でも、レクサスがそれをすらすらと解いてみせ、褒めたらとても喜んでいたので続けている。

ただ、カリンにも自力で身に付けねばならない事があった。

礼儀作法マナーである。

今、カリンが行える淑女の礼もダンスも必要最低限で、低位貴族達の夜会にやっと出れるかどうかという水準だ。

家でも家庭教師がついているが、一朝一夕には身に付かない。

それに。


「え、ドレスって買ってもらえないの?」

「我が家にそんな金はないんだよ。デビュタントになった時に買ったろう」

「あれは、デビュタント用のだから、無理だよ……」

「とにかく、誕生日には仕立ててやるから、それまで我慢しろ」


父である男爵にはドレスすら用意して貰えなかった。

折角王子と知り合えたのに、彼がいる高位貴族達の夜会へ行くにはまだまだ道程が長いのだ。

もし今、直接王子に強請りでもしたら、あの騎士…ウスターシュが黙っていないだろう。

口出しはしてこないが、いつも鋭い眼で監視するようにカリンを睨み付けてくる。

邪魔だが、彼を排除できる権力もないし、今のところ積極的に邪魔してくる事は無い。


だったら、王子のいない所で、誰かに頼ればいいのよね。


カリンは積極的に関わってきた令息達に、涙ながらに窮状を話す事にした。

決して自分からは強請らない。

いかに自分が不幸か、貴方みたいな婚約者が欲しかった、貴方の婚約者は幸せね、と褒め称える。

最初は小さな贈り物から始まり、お礼を言って身を寄せれば、更に高額の装飾品が貰えるようになった。

そして、ドレスも。


だが、1年もすると、篭絡した令息の婚約者から冷たい視線を注がれるようになっていた。

奪われる自分が悪いのよ、とは思うけれど、カリンはそれを表に出すほど馬鹿ではなかったので、文句を言われれば泣いて謝ったのである。

それを見た令息が庇おうと立ちふさがり、婚約者との仲が拗れるが、仕方ない。

王子すら庇ってくれるのだから、怖いものは無かった。


けれど。


「グレイシア様はいつ見てもお美しいな」

「それに王子が他の女性を大事にしていても、嫉妬で怒る事もない」


令息達が嫉妬した婚約者に辟易とする頃、彼女の話題が増えてきたのだ。

レクサス王子の婚約者、グレイシア。

この国の公女であり、女性達が憧れる王妃候補。

波打つ金の髪も美しく、いつでも穏やかに微笑みを浮かべ、たおやかに歩いている。

周囲にいるのは決まった人間ばかりでなく、色々な人達と言葉を交わす。


何で嫉妬しないの?


カリンは別に嫉妬してほしくてレクサスに近づいた訳ではなかったが、確かに婚約者を奪われて泣いたり怒ったりする令嬢を見て優越感は持っていた。


彼は、貴女より、私を選んだの。


だから、悔しがらないグレイシアが不思議で、同時に心の中がざわついた。


「こんにちは」

「……ご機嫌よう」


そして、直接話しかける事にした。

グレイシアは一瞬、瞬きをしたものの、上品に挨拶を返す。


「あの、レクサス様には、いつも良くして頂いてるんです」

「ええ、存じておりますわ。あの殿下が誰かの面倒を見て差し上げるなんて、大人になったのですね」


まるで、カリンの知らない過去を突き付けられたようで、思わずカリンはムッとする。

グレイシアは何も堪えていないどころか、何処か楽し気に微笑んでいた。


「ええ、とっても優しくて、普段はレックって呼んでるんです」

「あら、素敵な愛称ね」


愛称を呼んでいると言っても、動じないグレイシアに、カリンは更に苛ついた。


「悔しくないんですか?嫉妬、しないんですか?」

「あら、何故?」


何故、と優しく問われて、カリンは意味が分からなかった。

普通は婚約者が他の女に優しくしたり、愛称で呼ばれていたら怒るものだから。

だから。


グレイシアは美しい顔に穏やかな笑みを浮かべたまま首を傾げる。


「嫉妬や束縛は争いの種になりますのよ。わたくしはそれを望みませんの。どうぞ、お好きになさってね。……ああ、でも、殿下はずっとわたくしに同行エスコートしてくださるし、贈り物を欠かしたこともございませんわ。貴女は一体、わたくしから何を奪った気になっていらっしゃるのかしら?」


「え……」


奪った気になっている?


カリンはグレイシアに言われた事を胸の中で反芻していた。

確かに、ドレスも高価な宝石も、グレイシアに渡すものを奪った訳でもない。

その立場も、地位も権力も。


「ご挨拶ありがとう。では、わたくしは用事があるので、失礼するわね。ごめんあそばせ」


あくまで優雅に、嫌味な視線一つ向けずにグレイシアは立ち去っていく。

付いていく側近には憐みの目すら向けられた。

話を聞いていた周囲の令嬢はくすくすと控えめに笑っている。


だったら、全部奪ってあげるわ。

婚約者の地位も、王妃の座も。


それからもレクサスと距離を縮めていくが、だからといって高位貴族の夜会には呼ばれない。

中間層か低位の人々の夜会に、たまに高位の令息が現れはするものの、大抵誰かの婚約者である。

最近は、レクサスに注意されたからか、令息達から贈り物もされなくなっていたけれど、令嬢達は既に婚約者達を見限り始めていた。


今も目の前で、婚約者に振られて泣いていた筈の令嬢が、赤髪の素敵な男装令嬢と幸せそうにダンスをしている。

制服姿も正装姿も到底女性には見えないが、辺境伯令嬢だというルシャンテはカリンの生み出した不幸な女性達を次々虜にし、幸せにしていた。

ルシャンテの周囲の騎士科の男性達も皆、とても見目麗しく、彼女以外にも男装して女性達を持て成す女性騎士もいるという。

爵位の関係なく、キラキラと眩い光に囲まれている集団に、カリンは苛々が抑えきれなかった。

近づこうとしても、ルシャンテに冷たくあしらわれ、令嬢達の笑い者になるだけなのは分かっている。

でも、中でもとても素敵な男性が居て。

カリンはどうしてもその騎士と踊りたかった。


ヴァイス・ネーヴェル。

茶色の跳ねた髪に、深い藍色の瞳に優し気な笑顔。

騎士らしい立派な体躯と背の高さ。

男爵と地位は高くないが、それを補って余りある魅力が彼にはあった。


「ヴァイス君、たまには踊りましょ」


会場に現れたヴァイスの元に急ぎ、カリンは早速腕を搦めて上目遣いに話しかけるが、ヴァイスは困ったように微笑んだ。


「悪いね。先約があるんだ」

「何時もそう言う~たまにはいいじゃない!ね?」

「悪いけど約束を破る訳にはいかないんだ」


見た目よりも逞しい腕に更に身を寄せるが、押し付けた胸に目線すら寄越さない。

そうこうしている内に、ルシャンテがやってきた。


「遅いぞヴァイス。お嬢さん方がお待ちかねだ。……どうした、ゴミがついてるぞ」

「言い方……」


何処にゴミがついているのかしら?とカリンが見上げたのを見て、ヴァイスはため息を吐きながらルシャンテを窘める。

その言葉を意に介さずルシャンテが冷たい笑顔でカリンに問いかけた。


「カリン嬢、君は色んなご令嬢から婚約者を奪ったのだから、そちらの相手をしてくれ。ダンスの相手は腐るほどいるだろう?」

「でも…」

「それにヴァイスにはもう心に決めた女性がいるから、お前には靡かないよ。さっさと離してくれないか」


心に決めた女性?婚約者はいないと聞いていたけど?


カリンの視線に対して、ヴァイスは頷いた。


「ルシャの言う通りだ。俺には愛する女性がいるから、こういった触れ合いは迷惑だ」


やんわりとヴァイスに指を外されて、彼らは談笑しながら去って行く。

カリンはその場に取り残されて、その姿を睨み付ける事しか出来なかった。


だが、他の令息達にそんな顔を向ける訳にはいかない。

心を落ち着けて、カリンは自分を待つ令息達の元へと戻った。


王子様だって私を好きになったんだから、男爵令息が好きにならない訳ないよね?


そんな都合の良い事を考えながら。



だが、学園生活にも暗雲が立ち込めていた。

少しずつ、歯車が噛み合わなくなっていくように、何とももどかしい日々。

以前寄せられていた令息の婚約者からの苦情はぴたりと止んでいる。

代わりに、令息達の婚約解消が増え、カリンの周囲から離れ始めたのだ。


久しぶりに見た令息に声をかけても、そそくさと逃げていく。

以前みたいに親し気に腕を組んでも、笑顔で断られる。


「婚約者がいるから、ねっ、こういうのはちょっと」

「え?でも今までは…」

「ごめん、無理だから」


無理やり手を離されて、令息は焦ったように去って行った。


何よ、あれ。


別に大勢いた中の一人で、惜しい男ではない。

けれど、自分が拒否されるという事が、カリンは我慢できなかった。

ヴァイスのような誰もが羨む美青年ならまだしも。

何とかならないか、とカリンは考えた。


婚約解消が怖くて逃げてるなら、させなきゃいいのよね?

ルシャンテと令嬢達を引き離せばいいんじゃないかな?


良い案を思いついた事でにんまりと笑顔を浮かべて、カリンはレクサスの元へ急いだ。

レクサスはルシャンテを嫌っているから、焚きつけるのは簡単である。

予想通り、レクサスはグレイシアにルシャンテの対応と婚約解消についての問題解決をすると、カリンの周囲の令息達に約束した。

だが、結果は散々だったのである。

反対にレクサスはグレイシアに追い込まれて、令息達の再婚約も、婚約解消の差し止めも出来ずに、結局彼らの信頼を失う事になってしまった。



「カリン嬢、本当に参加するのかい?」


何度目かの問いをユーグレアスが口にする。

カリンは笑顔で答えた。


「勿論よ!だって、こんな事滅多にないもの」


アドモンテ公爵家からの夜会の招待状が届いたのである。

ちょうどレクサスは、隣国からの来賓の相手や会議があり出席できないというので、ユーグレアスが同行エスコートしてくれることになった。

ユーグレアスにしてみれば、あまり気分の良い事ではない。

この国随一の権力者であり、王子の婚約者のグレイシアの実家なのだから、カリンの事を良く思ってはいないだろう。

たとえ、態度に出さないとしても。

だが、カリンは躊躇なく夜会に出る事を選んだ。

学園での素行のみならず、礼儀作法の水準の低さもあって、高位貴族から夜会に呼ばれることなどなかったからである。


王都の公爵邸には祝宴専用の建物があり、煌びやかな社交の場となっている。

学園で見かける高位貴族の子女たちが、楽し気に会話を楽しんでいた。

ルシャンテや騎士達も、彼らに群がる令嬢達も、皆楽し気だ。

そこに遅れて登場したのは、グレイシアだった。

美しい青の生地に、花やリボンをあしらった美しいドレスで、一目で素晴らしく高価な物だと分かる。

それに彼女は二人の美丈夫に手を引かれて階段を下りてきた。

一人はヴァイス。

白の燕尾服に、紺の宝石が付いた黒の襞襟、反対側に居るのは逆の色合いで黒の燕尾服に、紺の宝石が付いた白の襞襟。

ヴァイスが茶色の髪なのに対し、もう一人は白銀の髪を後ろで一本に束ねて鋭い銀の瞳をしていた。

どちらも美しく、何よりグレイシアに熱い視線を注いでいる。


始まりのダンスは、グレイシアとその銀髪に細身の男が踊り始め、ヴァイスは壁際へと退いた。

ルシャンテや周囲の令嬢に囲まれる中、カリンもそこへと突撃する。


「ヴァイス君、今日こそ私と踊ってくれるよね?」

「……いや?俺はグレイシアと踊りたいから遠慮するよ」


ちらと見れば、何か楽し気に会話をしながら銀髪の男とグレイシアは踊っている。


「だって、他の人と踊ってるじゃない」

「ああ。次は俺の番なんだよ」


「なあそれよりさ…演習の件なんだけど」


困ったようなヴァイスを見かねて、友人が別の会話に誘い、カリンとの会話は途切れた。


「自分から誘うなんてはしたないこと」

礼儀作法マナーを知らない以前の問題ですわね」


ひそひそ、と悪意のある言葉を吐かれるが、カリンは唇を噛みしめた。


だって仕方ないじゃない。

こっちから誘わないと、踊れないんだもの!


苛々している間にも、一曲目が終わり、グレイシアは銀髪の美青年に手を引かれてやってくる。

ヴァイスが嬉しそうにグレイシアに手を差し出した。


「グレイシア嬢、俺とも一曲お相手を」

「ええ、喜んで」


思わずカリンは大声で割って入った。


「ちょっと待ってよ!私の方が先だったのに」


だが、グレイシアはおっとりと首を傾げる。


「先、と申しますと?」

「だから、ヴァイス君と踊るって話は、私の方が先にしてたんですっ」

「あら、そうですの?」


グレイシアは疑問を投げかけるように、ヴァイスを見た。

はあ、とため息を吐いて、ヴァイスが眉を顰めて言う。


「俺は断ったよね?グレイシア嬢と踊りたいからって」

「何でですか~私だってヴァイス君と踊りたいのに~」


甘えるように言うが、ヴァイスの目は冷たくなるばかりだ。

そこへグレイシアが咎めるように、ユーグレアス達に声をかけた。


「あなた方は、何をしてらっしゃるの?カリン嬢をきちんとダンスに誘って差し上げてくださいませ」


困ったような表情とグレイシアの言葉に、カリンはかあっと顔を赤く染めた。


「誘われたけど!私はヴァイス君と踊りたいから断ったの!」

「でしたら、ヴァイス様のお気持ちもお分かりになるのではなくて?」

「そうだね。俺は君とは踊りたくないんだ。シア、行こう」


きっぱりとヴァイスに断られて、カリンは思わず怒鳴った。


「何よ!レクサス殿下っていう婚約者がいるのに!」


一瞬、その声に会場がしん、と静まり返る。


「言い過ぎだ、カリン。相手は公爵令嬢だ」


流石に蒼い顔をしてユーグレアスが言うが、周囲からの冷たい視線は避けられない。

でも、言われた当の本人のグレイシアはおっとりと微笑んだ。


「あら、大丈夫でしてよ。レクサス殿下には貴女という大事な女性がおりますもの。ね?ヴァイス」

「ああ、そうだね、シア」


くすくすと笑い合う二人に、なおもカリンは食い下がる。


「だって、ヴァイス君は男爵家の人でしょう、身分が釣り合わないじゃない」


え?お前がそれを言うか?と周囲の人々は驚きをもってカリンを見るが、グレイシアは楽しそうにふふふっと笑い声を立てた。


「失礼、はしたなくも笑ってしまいましたわ。勘違いされているようですけれど、彼は男爵令息ではなくて、男爵なの。そして、わたくしとは従兄妹」

「まあ、従兄妹でも結婚は出来るけどね!」

「何のお話ですの、ほら、行きましてよ」


手を上げたグレイシアを見て、音楽隊が音楽を奏で始め、動きを止めていた人たちがまたダンスに興じ始める。


「意味、分かんないんだけど」


踊り始めた二人を見て怒るカリンを見て、ユーグレアスはため息を吐いた。


「彼はあの年齢でもう男爵という爵位を得ている。という事は、実家は幾つも爵位を保有している相当高位な家柄の可能性が高いという事なんだよ。グレイシア様と従兄妹という事は、彼は、帝国の皇子だ」


「え」


何よそれ、聞いた事ない。

誰もが美しい賢いと褒めそやすグレイシアからレクサスを取り上げて、自分の方が優位に立ったと思っていたのに。

もっと素敵で優秀で地位の高い男を隠していたなんて!


結局その日、ヴァイスが目の前に現れる事も無く、夜会を境にして学園からも姿を消してしまった。

カリンが必死で学園内を探しても見つからず、グレイシアに訊けば帝国へと帰ったという。


レクサスよりも強く優秀で魅力的、強大な国の皇族だった男が捕まえられなかった。

だから、ヴァイスを探して詰め寄った時のグレイシアの言葉が突き刺さる。


「ねぇ、カリン嬢。貴女はきちんとレクサス殿下の心を捕まえていらっしゃるのかしら?中途半端に他の男性を追いかけたりなさったら全てを失ってしまいましてよ」


怖くなったカリンは、急いでレクサスの元に行き、縋ったのである。


「私、レックから離れたくないの……」

「ああ、分かっている。グレイシアにもきちんと君の立場を考えるように、と言われているからな。……君を正妃にしようと思っている」


まさかの言葉にカリンは目を大きく見開いた。

側妃に、と言われると思っていたのだ。

それでも、男爵家の庶子という立場を考えれば破格の扱いだったのに、正妃になれる。

あのグレイシアを超えて。


だが。



「すまない、カリン、君を正妃には出来ない」


グレイシアが側妃を辞退した事で、全てが脆くも崩れ去ったのである。


「どう…して、だって、グレイシア様は」

「彼女は、帝国の第二皇子と婚約することになったのだ……」


「え、そ、それってヴァイス君?」


慌てて聞くが、レクサスは首を振った。


「調べたが、ヴァイス殿は第四皇子だ。第二皇子はハルトムート殿という」


何で?何で何で?

あの銀髪の人?それとも違う人?

何で彼女ばかり素敵な男性に愛されるの?


「だから、君は、側妃にしか、出来ないんだ」


側妃、第二の妻、愛人。

カリンは震えながら椅子に座った。

グレイシアの上に立つことも出来ず、レクサスも奪えてなんかいない。


彼女は最初から要らなかったんだ。


それに気づいて、力が抜ける。

誰も要らない物ばかりが手元に残って、それが酷く価値のない物に思えて。

カリンの心は虚ろに染まっていくのだった。

パーティ場面は書籍化加筆部分をカリン視点に直した物です。最初はカリンも、楽に暮らせればいいや~位だったのがどんどん欲が出て、優越感や承認欲求から逃れられなくなってしまったという。ヴァイスと銀髪の人は書籍化の表紙に出てくる予定ですのでお楽しみに。

カリンのざまぁはまだここからですが、今回のシリーズでは別に国王と王子が無能なのは、グレイシアにとって割とどうでも良く、それよりも深い事情があって…というのを次のユーグレアス視点や他の登場人物視点でも描く予定です。王国は良くも悪くも平和なので、あまり残酷な結果にはなりません。それなりの不幸、それなりの幸せ、になる予定です。

皆様の情報のお陰で、銀座千疋屋からシュトーレンのショコラ届きました(・8・)ワーイ

チーズケーキ好きとしてはルタオも気になるのできっとそのうち…

あと、年末年始に向けて、あれです!お餅です!お雑煮!宜しければ、好きなお雑煮の具を教えて頂けたら嬉しいです。あなたの情報が、ひよこの雑煮の具を変える力になります!

ひよこはですね、白菜と肉が入ってれば幸せです。

年末年始は短編、長編詰め合わせセットがんばりますので、楽しんで頂けたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
とても面白いシリーズで楽しく拝読しております。 雑煮の具ですが、私は福岡在住でかつお菜(正月限定の葉物)、里芋、焼き豆腐、干し椎茸、かまぼこ、鰤です。焼きあごや昆布でだしをとりすまし汁です。丸餅をゆ…
 平民から側妃なんて普通に考えたらとんでもないシンデレラストーリーなのに、欲に目がくらんでこんな事に…。  もはや王子であるレクサスやその妻の座すらトロフィーにしか見えていなくて、ひたすら「グレイシア…
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