第51話 ロンディール城跡攻防戦(5)
──ちょっと老いてるウマ二頭の、天蓋のない馬車を拾って城跡へ。
土剥き出しの未舗装の道、ウマが休み休みののんびり行程。
駅から離れて数分も経てば、建物より耕作地が多めに。
そして乗ってるのは、機関車の煤を頬にちょっとつけた、田舎の出の娘。
うーん、故郷の景色を思い出すなぁ。
生まれ故郷は、まだ特定できてないけれど……。
ジョゼットさんとすごしたおうち、そろそろ帰って掃除したほうがいいかな?
おかあさんがわたしの中にいるから、実家に帰ろうという気があまり起きないんですよね……アハハハ……。
……って、ああっ!
遠くに見えてる、あれって……!
「……見えたな、エルーゼ」
「はい……」
右手の林が途切れて現れた、緩やかな丘陵地……。
その頂には……高い壁が、端から端まで!
きっとあれ、ピーク一帯をぐるっと囲んでるんだわ。
「運転手、あれがロンディール城跡か?」
「ですぜ。まあ城跡はあの半分で、半分はロンディール家の屋敷だそうですがね」
「だそう……とは?」
「あたしもここで長く走ってますが、あの壁の向こうは、一度も見たことねぇんですよ。屋敷には立派な屋根付きの馬車もありますから、送迎の仕事もねぇですな」
「壁の内側を覗けそうな場所は?」
「ねぇです。見てのとおりあそこは、周囲ぐるっと登りの丘。下はずっと平の畑ですからねぇ。向こうの山のてっぺんまで登れば見えるかもしれねぇけど、まぁ豆粒でしょうなぁ」
「あの巨大な囲みが、鎧壁の翁の噤みの錠で間違いなさそうだな……」
「……あんたも城を盗み見に来たクチかい? だったらここらで降りてもらうぜ。ロンディール家に睨まれちゃあ、この街で仕事ができねぇんでな」
「いや、遠目に見られただけで十分だ。引き返してくれ」
「へへっ、話が早くて助かる。本音をいやぁ、往復の運賃貰えるほうがありがたいんでさ」
馬車が道を外れて、熟した柑橘類の実を下げてる樹の周囲を、ぐるっと回ってUターン。
なんの案内板もなかったけれど、いまのは恐らく馬車の転回場。
これ以上ロンディール家に近づくな……という警告。
「……運転手。チップもつけるから、もうしばらくおしゃべりの相手を頼む。城を盗み見に来る連中ってのは、もしかして駅前で署名運動やってた奴らか?」
「へへっ、そうですね。ロンディール家一帯はあのとおり立入禁止なんですが、城マニア……ってえの? その手の連中が、なんとか忍び込もうとするんですな。でもそのたびに捕まって、警察に突き出されてる。あの署名活動してる連中にゃあ、前科持ちもいるんじゃないかねぇ」
ぜっ……前科者ぁ!?
「わわわ……。師匠が言ったとおり、安易に署名しなくてよかった……かも」
「国中の城跡を巡って、最後の一カ所がここ……って城跡マニアもいるだろうからな。そういう連中が勝手に被害者意識をこじらせて、ああいう活動をしてるってことか」
「もしかするとジェイさんが出演する劇も、その活動に利用されてるのかも……」
「だろうな。観劇者にロンディール城跡へ興味を持たせて、一般開放の世論を高めるのが狙いだろう。しかも開錠屋のレンが絡んでいて、俺を招待していやがる。署名を拒否されたら、城壁……噤みの錠を破っての強硬策に出るかもしれん」
「え、怖……」
「鎧壁の翁の置き土産に挑戦する気で来たが……。どうやら、風向きが変わってきたようだ──」




