表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/64

第41話 時を超えたギフト(3)

「──師匠。お客様、お帰りになりましたよ」


「ん、んん……。そうか……ふああぁ…………」


 ソファーの毛布の中から聞こえてくる大あくび。

 全身毛布に包まれた、ダンゴムシ男……。

 うーん、さっきの琥珀とは雲泥の差。


「……ダンゴムシ男IN、他人のステキ旦那OUT」


「なにか言ったか?」


「いえ、なにも。こちら、領収証の控えです」


「どれどれ……。なんだ、基本料金しか取ってないじゃないか」


「基本的なことしか、してませんから」


「さっきあの男も言ってたが、古い錠の奥には有毒物があったりもする。そういうのは先にこっちから説明して、危険手当だとかなんとか名目つけて、料金上乗せするもんだ。間抜けめ」


「そ、そんなの知らなかったんですから、しょうがないじゃないですか~!」


「……ま、不肖の弟子に授業つけてくれた礼ってことで、基本料金でいいか。次に同じようなケースあったら、しっかり上乗せしとけよ。そのためにも、あらゆる分野の勉強を日々欠かすな」


「っていうか、わたしたちのやりとり、聞いてたんですか? タヌキ寝入りだったんですか?」


「……失礼な。俺の過眠症は、眠りに浅深せんしんがある。浅いときは周囲の会話を記憶していて、起きたあとで思い出せることがあるんだ」


「そんなこと言ってぇ……。かわいいかわいい愛弟子が、イケメン既婚男性といい仲になって、不倫沼へ足を突っ込まないか心配で心配で……。聞き耳立ててたんじゃないですかぁ?」


「はぁ……くだらん。エルーゼおまえ、そろそろ独立するか?」


「……え゛っ?」


「しょうもない妄想を聞かされて、弟子を抱えることにドッと疲れた……。おまえもぼちぼち客さばけてきたし、自分の解錠院を立ち上げてもいいだろう」


「いえっ!? いえいえっ!? わたしなんてまだ、半人前の半人前の半人前ですっ! それに師匠は、何年も修行したあとで開業したんですよねっ? 二カ月ちょっとのわたしを独立させようなんて、ただの首切りじゃないですかぁ!」


「いざとなったら、ジョゼットさんも助けてくれるだろう? 自分の中に解錠の達人を封じているんだから、さっきの琥珀よりもずっと稀有な存在だぞ。おまえは」


「お、おかあさんは……。いつ出てきてくれるか、わかりませんし……ううぅ……」


 おかあさんは、わたしがシアラさんとキスしたら出てくる……って、言ってた。

 この先、おかあさんの力を借りなきゃいけない場面、きっとあると思うし……。

 そのためにもわたしは、シアラさんのそばにいないとダメなんですよぉ!


 ──みしっ……みしっ……みしっ……。


「──はっ!?」


「久々の警告音アラート……だな」


 ……警告音。

 二階のこの解錠院への階段は、一段一段に振動検知技法アンチ・チルトが施された噤みの錠。

 よこしまな心を抱いた人が踏むと軋む構造。

 その名も、さえずりの階段──。


「……エルーゼ、次の客は俺が出る」


「はいっ! お願いします、師匠っ!」


 邪念を持った訪問者……。

 シアラさん背は高いけれど、たぶん非力。

 あと、持病ですぐ寝ちゃう。

 駅舎をぶっ飛ばす爆弾の前でも寝ちゃったし……。

 わたしも用心しとかなきゃ……。

 ええと……武器……武器は……っと。


 ──コン、コン。


「いきなりドアノブを握らずの、軽いノック……。音量からして指は細く、音の位置から背丈は一六〇台半ば。ズカズカ入ってこず、育ちは悪くない女……か」


 おお、さすが師匠!

 ノックの響きと出所で、人物像を絞ってる!


「……どうぞ。開いてますよ」


「失礼します」


 ──ガチャッ……バタン。


「シアラ・シュダスキーさんですね。ブダリュー伯爵よりお名前を聞き、訪ねさせていただきました。予約もなしに、申し訳ありません」


 ……あら、上品な印象のアラサー女性。

 ん……いや、首の縦皺の感じから見て……アラフォー?

 鎖骨、肩から二の腕、膝下……をメッシュで透かせた黒いドレス。

 年齢が出やすい膝頭がメッシュじゃないところを見ると、やっぱりアラフォー?

 でも顔は細くて、眉毛も描いてなくてくっきり。

 唇も艶やかな……美人さん。

 右目を隠すふうに垂らした銀髪が、ちょっとミステリアス。


「わたくし、マリナ・ダンダックと申します。自宅にある噤みの錠の金庫のことで、相談に上がりました」


 わっ……また噤み!

 階段が軋んでたから、やっぱり訳ありの依頼者!

 噤みの仕事ってたまにしか来ないわりに、よく重なるんですよねぇ。


「シアラ・シュダスキーです。お話を伺いましょう。……ところでエルーゼ、おまえなに握り締めているんだ?」


「えっ? あっ、これはいえ、なんでも……アハハッ♪」


 えーとこれは……とっさに掴んだ武器。

 部屋の隅に立てかけてあった、先っぽが洗濯ばさみみたいな鉄の棒。

 いったいなにに使うのかな……?

 弟子入りして二カ月以上。

 シアラさんの解錠院には、いまだ使途不明な物が多々──。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ