第27話 開錠屋レン(10)
──ふう、もう夕暮れかぁ。
きょうはいろいろあって、あっという間だったなぁ……。
本当に、いろいろと……。
考えなきゃいけないことも、たくさんできたけれど……。
きょうはおふろ入って、すぐに休もうっと……。
……あら?
開錠院の前に、ジェイさんが……。
「お帰りなさい、シアラさん、エルーゼさん。彼、お待ちですよ」
……彼?
「すまないな、ジェイ。稼ぎ時に店借りちまって」
「いえいえ。代わりにシアラさんの愉快な昔話、たくさん聞けましたから。アハッ」
「なっ……。レンの奴、いったいなにしゃべりやがった!?」
「安心してください。僕は噤みの錠並みに口が固いので。それでは失礼しますっ」
「ちょっ待て、ジェイ! なにを聞いたか話してい……ああいや、やっぱ聞きたくねぇ! 帰ってよし!」
あらっ?
ジェイさん、もうお店閉めちゃうの?
そして中に……レンさんがいるの?
「……エルーゼ。レンからジョゼットさんのこと、聞いてこい。俺の口からは、どうにも話しづらくってな。いろいろ騒動こそあったが、あいつとの再会は、俺には渡りに船だった」
「は、はあ……。あの……ジョゼットさんは、結局わたしのおかあさん……なんでしょうか?」
「さあな。親子関係なんて、役所の書類一枚でどうとでもなる。きょうのマーサさんの件もそうだ。離婚が成立すれば、夫婦のどちらかが親じゃなくなる。母親は、おまえが自分で選べばいい」
「はい……。じゃあ、ここで失礼します。きょうはお疲れさまでした」
「うむ」
母親は自分で選べ……か。
確かにそう。
そうだよ……ね。
──カランカラン……ガチャッ……バタン。
「よお、嬢ちゃん。待ちかねたぜ」
「レンさん……。きょうはどうも」
「これから二人で、じっくり愛の語らいを……といきたいところだが、この店には酒置いてないんだと。長居は難しいな」
「レンさんは総当たり発声技法使いですから、じっくり語らうのは元々苦手なんじゃないですか? あはっ」
「ハハッ……言うねぇ。そういうお嬢ちゃんも総当たり発声技法使ったの、覚えてるか?」
「あ、いえ……。状況的に、そうみたいだったですけど……。その間意識が、なぜか飛んでて……」
「ふぅん。意識が飛んだってより、乗っ取られてた……のかもな」
「……はい?」
「お嬢ちゃんが混乱しないよう、順を追って説明しよう。まず俺とシアラは十代のころ、とある高名な解錠師の弟子だった。同期でな。そこには、いまの嬢ちゃんと同じで、唇の下に赤っぽいホクロがある姉弟子がいた。一回り年上のジョゼットさんだ」
「わたしと……同じ?」
わたしには、唇の下にホクロなんて…………。
……えっ?
指先になにか……ぽこっとした感触が当たる……。
えっと、鏡、鏡…………窓。
……………………。
……ウソ。
いつの間にか、おか……叔母さんと同じところに、赤いホクロが!
「……シアラは基本に忠実タイプ。俺は応用力に優れてて、広く浅くタイプ。二人が欠点を補いあえば一人前……って、ジョゼットさんにはよく言われたもんさ。そのジョゼットさんは俺たち二人を合わせたような、一人前の解錠師だった」
「ジョゼットさん、って……。どんな人、だったんですか?」
「厳しくて、怒りっぽくて……。正直、後輩の受けはよくなかった。あと、料理が下手っつーか、独特だったな。味より栄養とコスト重視でな、とにかく薄味だった。ジョゼットさんが料理当番の日は、みんな好みの薬味を隠し持ってた」
そうそう……。
お料理は、味つけが薄くて……。
味よりも栄養を重視してた……っけ。
「……だが、美人だった。いつも化粧っけのないキツい顔つきなのと、面長なのと、あと……銀縁の眼鏡。あれでかなり印象損してたが、美人だったよ。見抜けてたのはオレと、一部の女の弟子くらいだったが」
うん。
そこも……わたしが知ってるとおり。
化粧もおしゃれも最低限で、もっと自分を飾ればいいのに……って思ってた。
見せる相手がいない田舎……っていうのも、あったけれど。
「……昼間、シアラの奴が女子にフラれた話、したろ?」
「あ、はい」
「その夜だった……。シアラの奴、ひどく落ち込んでたんだが、それを慰めにいった女がいた。ジョゼットさんだ」
えっ……?
「ジョゼットさんは、シアラが好きだったんだな。生真面目で、ほかの男子と違ってジョゼットさんの注意を素直に聞いて、次に生かしてたから。あと……ジョゼットさんはそういう、年下好みなとこもあったんだろうな」
うぅ……。
なんだかこれ以上、聞きたくない話の流れに……。
でも、でも……聞かなきゃ。
本当のことを……知るために──。




