第25話 開錠屋レン(8)
この金庫の中に……。
この冷たい箱の中に……小さな女の子がいる……。
暗くて……狭くて……息苦しい……鋼鉄の箱の中に……。
泣き声が聞こえないのは、密閉されてるから……?
もう、泣く力も残ってない……から……?
……助けなきゃっ!
早く助けなきゃっ!
絶対……助け……な……きゃ……。
『……あなたっ! この子は……エルーゼだけは……!』
『ああっ! エルーゼは命に代えても……必ず……絶対助けるっ!』
……えっ?
いまの声……な……に?
耳の奥で……女の人の声と、男の人の声……が……?
──ギギギギギギィッ! ガガガガガガッ!
……つっ!?
なにこの、金属が酷く擦れあう音っ!?
なにこれっ!?
体中が……あちこち激しく揺れるイヤな感じっ!?
やだ……。
体も心も……圧し潰されそうな……感覚が……。
『んぐっ……! おとうさぁんっ! おかあさぁんっ! あああぁああんっ!』
女の子の……泣き声?
金庫の中……から?
違う、わたしの胸の奥……から……。
いまの女の子の声…………わたしの…………声っ!?
「レンっ! この錠にアンチ・チルトはないっ! 物理的な破壊……できるかっ!? 中の子を傷つけずにっ!」
「無理だな。さっき闇医者ンところで使った局所爆砕装置がもう一丁あれば、錠は壊せた。だがそれでも、中に爆風が充満して……だ。ありゃあ鉄格子みたいな構造物の破壊か、中の物が熱に強い場合にしか使えねぇ」
「だったら時間稼ぎ用の、通気孔を作るのはっ!? 開錠屋のおまえだ。工具は忍ばせてるだろう!?」
「通気孔はひとまずの最善手だが、この強度と厚さじゃあ、短く見積もって一時間。サツ連中が、閉じ込め直後から穴をあけ始めていりゃあ……な」
「……いや。閉じ込め直後は、中の子がパニックで動き回って、穿孔作業にリスクがあっただろう。じゃあ、おまえ以外の総当たり発声技法使いに、心当たりは?」
「それがどんだけレアか、修得できなかったおまえもよく知ってンだろ? 俺に教えてくれた姉弟子……ジョゼットさんしか知らねぇよ」
ジョゼットさんっ!?
わたしの……おかあさん?
…………えっ?
なに……いまの…………違和感。
さっきの……女の人の……声……。
「おかあさん」って叫んだ、幼いわたしの声……。
わたしの……おかあさんは……。
あの……声の人っ!
……………………。
じゃ、じゃあ……ジョゼットさん……叔母さん……は?
この宝石……ピュア・ブラッドの意味は?
この赤い……ルビーの…………。
赤い…………。
……………………。
あっ、また……。
夕べのように、視界が……意識が……真っ赤に……。
あ、ああ……あああぁ……。
……………………。
「……エルーゼ? じゃまだ、下がってろ!」
『わたしが……噤みを解きます。二段階目の……噤みを……』
「なんだって?」
『レン……さん。代わって……ください……』
「ん? あ、ああ……」
「おい、レン! 素人を遊ばせてる場合じゃないぞっ!」
「……ホクロだ」
「ああ?」
「嬢ちゃんの、唇の下に……。赤っぽいホクロがあった。いや……生じた。さっきまではなかった。俺が女の唇の形、見忘れるはずねぇから……間違いない」
「唇の下に、赤っぽいホクロ……。ジョゼットさん……か」
「あの嬢ちゃん、ジョゼットさんの肉親か?」
「姪、もしくは娘……。あるいは、赤の他人。俺は最後だと睨んでいる」
「……訳アリも訳アリだな。さっき言ったアフターサービス、高くつきそうだ。だがもし嬢ちゃんが、ジョゼットさんの技術を移されているとしたら……もしかするぞ」
助ける……。
この冷たい鉄の箱から、小さな命を……絶対……助ける……。
さっきレンさんから、教えてもらった……。
総当たり発声技法…………。
『すううぅ……。****……』
──カチッ! ガチャンッ!
「嬢ちゃん……。噤みを解きやがった……」
「さっきおまえが、エロい言葉でからかったときに……学習、修得。あるいは開放された……か」




