第24話 開錠屋レン(7)
「──シュダスキーさんっ! グーシー邸に着きましたっ! 金庫は二階ですっ!」
まさか二日続けて、馬車に乗れるなんて。
しかもきょうのは、警察用の馬車……。
師匠の弟子続けてたら、貴重な体験たくさんできそ……あはは……。
で、ええと……金庫は二階……。
そこの警察官さんがいっぱいいる部屋ね。
うわあ、中に鬼の形相のマーサさん。
床に尻もちついてる眼鏡の女性は……噤みの錠を金庫に仕掛けた人?
「早く合言葉を言いなさい、このバカ女っ! このままじゃレイラが……レイラが……!」
「……だーから、本当に覚えてないの。適当に設定したからさぁ。まあでも? オバサンが床へ額を擦りつけながら『ごめんなさい』って百回言えば、思い出すかも?」
「こ……このクソ女ぁ……!」
「クソはそっちでしょー。人を無能呼ばわりした挙句、施錠が雑だったから盗まれたって強請ろうとしてきたし。そっちが先に謝るのが順序でしょ?」
「だ……だれがアンタみたいな女に謝るもんですかっ! こうなったら力ずくで吐かせてやるわっ!」
──バシッ!
「あっ! いま叩かれたショックで、記憶ぜーんぶ飛んじゃった! ここはどこー? わたしはだれー?」
うわ~、マーサさんと眼鏡さんの激しい罵り合い。
さっきの闇病院とは別の方向で修羅場……。
「……おいエルーゼ、キャットファイト観戦してる場合か。噤みを解くぞ」
「あ、はいっ。師匠!」
「……俺は解錠師のシアラ・シュダスキーだ! これより解錠を始める。集中するため、俺の弟子以外はすべて部屋から出てくれ! その女の尋問は、念のため続けてほしい! それから物理の鍵を!」
……あ、眼鏡さんがこっち見た。
こっち見て、ニヤけた。
「フーン。あなたが噂の解錠師ね。国家公務員には、四文字程度しか合言葉は設定できない……って、ほざいた」
「……なるほど。この騒動、俺にも一因があるようだな」
「ま、泣きついてくるのを待ってるわ。たかが四文字、されど四文字……よ? フッフフフ♪」
……ううぅ、警察官さんに囲まれてるのに、あの太々しさ。
才女っぽい見た目なのがまた、ちょっとヤな感じぃ……。
でも、あの人が率先して部屋出てくれたおかげで、マーサさんも警察官さんたちもスムーズに出てくれた……!
「さあレンさん、人払いできました! 出番ですよ!」
「出番って……なにがだ?」
「総当たり発声技法で、噤みの金庫を開けてくださいっ! 中の女の子が危険ですっ! 警察の目がなくなったいまのうちに!」
「……いくら出す?」
「はい?」
「総当たり発声技法ってのは特殊技能だ。タダ働きはできんぜ? 解錠師の弟子なら、それくらい承知だろう?」
「ち……小さな命が危ないっていうのに、お金の話ですかっ!?」
「価値あるものを取り出すならば、それに見合った金額は、口からすんなり出るもんだろう? そして俺ぁここの旦那と面識もあるし、サツの前で金の話はしたくねぇ。俺をここまで連れてきたお嬢ちゃんが払うのが、筋じゃないかねぇ?」
「わ……わかりました。お礼はこれで……どうですかっ?」
右手薬指に嵌めてる、おかあさんから貰った結婚指輪……。
師匠が、一億円にもなるといった、指輪…………。
「……こいつはピュア・ブラッド! お嬢ちゃんが持ってるたぁ驚きだ! いいだろう、金額分気合い入れてやらぁ。おいシアラ、物理の鍵を貸しな」
「……いいのか、エルーゼ?」
「構いません。どーぞ!」
「……そうか。ほらレン、物理だ。受け取れ」
──チャッ。
「サンキュッ。なかなかワケありの弟子を抱えてるみたいだな。扱いに困ってるんなら、相談に乗るぜ。いい仕事にありつけたからな。アフターサービスだ」
「そりゃどうも。せっかくの旧友の親切だ。乗らせてもらうか」
「ははっ、修行仲間ってのはいいモンだろぉ。じゃあいくぜっ、総当たり発声技法……」
レンさんが、鍵穴へ物理の鍵を差した。
そして、静かに息を吸い始めた……。
「すうううぅ……。****…………」
たくさんの発音を重ねた、重い一声を四回……!
五十音の発音を一声に詰めての、総当たりの合言葉……!
想いが込められた合言葉には使われたくないけれど、師匠が言ったように、こういうケースじゃこの上なく頼もしい……!
──ガ……ガッ!
「……むっ!?」
「どうした、レン。物理が回ってないぞ?」
「くっ……あの公務員の女。まあまあの美人だったが、男はまだ知らねえな? ガチガチの貞操帯を持っていやがる」
「はあ?」
「二段階ロックだよ。鍵を差すまで、四文字の合言葉。そして鍵を回すのに、別の合言葉と……別の声紋がいる! イヤな組み合わせだ!」
「つまりおまえ以外に、もう一人総当たり発声技法使いが必要ってことかっ!? それであの女、『たかが四文字、されど四文字』……か!」
えっ、えっ……なにそれっ?
二段階ロック!?
総当たり発声技法使いを……もう一人?
そんなの、いまから見つけられるわけないっ!
このままじゃ、金庫の中の女の子が……死んじゃうっ!




