第23話 開錠屋レン(6)
「……あの、レンさん? その総当たり発声技法って、五十音すべてを一回の発声として行えたり……できます?」
「ははっ。ほっぺは真っ赤でホカホカなのに、冷静にいいとこ気づくねぇ? まあ、できるかもしれねぇな」
「だったら……。マーサさん宅の金庫破ったの、師匠の言うとおりあなたですねっ! 合言葉を、総当たり発声技法でこじ開けたんですねっ!」
「……あーらら。元の師匠の背中へ戻っちまった。移り気なお嬢ちゃんだ」
噤みの錠って、施錠した人の想いが、込められることだってあるのに……。
そんなピッキングみたいな技……邪道ですっ!
「……エルーゼ。解錠師と開錠屋の違い、そろそろわかったか?」
「は、はい……。なんとなく」
「錠を解くと書いて解錠。錠を開くと書いて開錠。読みは同じだが、前者は文字通り施錠を解くこと。一方後者は、手段を問わず錠を開くこと。錠の構造や扉や壁を破壊して、な。だから開錠屋と呼ばれている」
「合言葉に託された想いも、壊しちゃうんですね!」
「……とも言える。ただし、おまえに練習させてるピッキングと同じで、必ずしも悪じゃあない。合言葉を忘れちまったときなんかは、レンの出番だろう」
それは……。
そうでしょうけど……。
「フォローどうも、シアラ。たとえばな、金庫の合言葉を忘れて、大事な取引に必要な書類を取り出せず困った……と仰る旦那がいる。そういうときは俺の出番。だがその旦那が嘘つきで、開けちゃいけねぇ金庫を俺に開けさせたとしよう。その場合俺は、善意の第三者。咎人でもなんでもねぇ。ただ愚直に仕事をしただけ……だな」
……詭弁っ!
そんなの詭弁だわっ!
絶対この人が、マーサさん宅の金庫を破った犯人!
旦那さんの共犯者…………あっ!
「……ふふん、レ~ンさん。咎人じゃないならいまの話、警察にも話せますよね?」
「あぁん?」
「ほら、警察官がこっち来てます。さっきの騒動を聞きつけたんじゃないですか?」
「げっ……! だから店で飲もうって言ったんだ。俺ぁ失礼するぜっ!」
「放しま……せんっ!」
「お……おいこらっ、放せ嬢ちゃんっ! 買ったばっかのコートが……伸びるっ!」
「警察官さ~ん! 金庫開けた鍵屋は、こちらで~すっ!」
──『シュダスキーさんっ! シアラ・シュダスキーさんですねっ! 金庫の解錠を……お願いしまーすっ!』
「「……は?」」
警察官さん……いま。
師匠の名前……呼んだ?
「はあっ、はあっ、はあぁ……やっと見つけました、シュダスキーさん。全身黒ずくめで猫背の陰気な男だって、グーシーさんから聞いてましたから、遠目でもすぐわかりました!」
「グーシーさん……。マーサ・グーシーさんか?」
「はいっ! その娘さんがいま、金庫に閉じ込められて大変なんですっ!」
「なにっ!?」
「金庫破りの現場検証中、施錠した裁判所派遣の職員を立ち会わせたんです。すると夫人がその職員を、酷くなじられまして……。怒った職員が、グーシーさんの幼い娘さんを金庫へ閉じ込め……。噤みの錠とやらを、かけてしまったんです!」
「なんだって!? おいっ、その娘の年齢、金庫の大きさ、閉じ込められてからの時間はっ!?」
「は……はい。娘さんは四歳。金庫は……わたしの目線くらいの高さでしたから、縦一五〇センチ、幅と奥行きはその半分くらいでしょうか。時間は……もう一時間は経っています!」
「一時間……。鍵穴の隙間は申し訳程度。酸欠がヤバいな」
「いまその職員に合言葉を尋問中ですが、よほど夫人の言動に腹を立てたのか、黙秘を続けていますっ! そこで夫人が、あなたを呼ぶようにと……!」
「わかった、すぐに向かう! エルーゼ、おまえは……」
「……わかってます! こちらの兄弟子と一緒に、全力でサポートしますっ! ねっ、兄さんっ!」
「……あぁ?」
……師匠、「おまえはここからすぐに帰れ」って言おうとした。
旧友のレンさんを、警察から遠ざけようとした。
でも……小さな女の子が生きるか死ぬかの緊急事態っ!
すでにその金庫を開けたことがあるレンさんは……絶対同行させなきゃ!
「さあ、わたしたちも行きますよ! 兄さんっ!」
「チッ……。ここで妙な動きを見せれば、疑われちまう。悪知恵が働くお嬢ちゃん、やっぱ俺の弟子に向いてるかもしれねーぜ?」




