第22話 開錠屋レン(5)
「……へえ。その噂を流した奴は、まあまあ事情通だな。マジだよ」
「この街には、不仲夫婦の旦那に頼まれて、金庫を開けに来た……と」
「さあてね。開錠屋にも守秘義務ってもんはあるからな。同じ釜のメシを食った仲でも、なにも話せんぜ?」
「国家公務員が施錠した、短い合言葉の噤み。総当たり発声技法使いのおまえには、無施錠も同然だもんな。裁判所の関係者から、情報を横流ししてもらった……って線もあるか」
「そういうおまえは、解錠師を辞めて探偵にでもなったか? ……って、それはないか。鍵屋特有の鉄錆のにおい、プンプンさせていやがるし」
「……フン。お互い様だ」
「ま、とりあえずここを出ようや。募る話は一杯飲りながらさ。そっちのかわいいお嬢ちゃんも、ゆっくり紹介してほしいしな」
……あら、この人。
「田舎くさい」じゃなくって、「かわいい」だって。
ワイルドな印象のわりに、紳士なのかも♥
でも話の流れ的に、このレンって人が、師匠が探してた犯人……よね。
総当たり発声技法……なんだか不穏な響き。
「……レン。話はこのまま、歩きながらでいい」
「なんだよ下戸か? すぐそこにいい店見つけたのに」
「俺からの話はただ二つ。その稼業から足を洗え。そしていますぐ、この街を去れ」
「……フン。言われずとも、きょうには消えるつもりだったさ。そして一つめの話は大きなお世話。聞けねぇな」
「俺より先に開かない錠へ駆けつけ、金にならない仕事で局所爆砕……高価な爆破装置を使い、人助けをした。いま話してるのが、修行仲間のレン・デムワゼルクだからこそ言っている」
「へへっ。ありゃあデモンストレーション……宣伝よ。こういう仕事もできます……って。裏界隈じゃピッキング見せたところで、自慢にもならねぇしな」
「善人ぶらないところも、相変わらずだな。レン」
「そういうシアラも、女の趣味は相変わらずじゃないか。小柄で垢抜けない感じが好きなんだよな。えーと、エルザつったか? 告って玉砕した同期の女」
「お、おい……! 古い話はよせっ! この女は、ただの弟子だ! それもまだ試用期間の!」
えっ……。
もしかしてわたし、師匠の好みなんです?
しかも過去に振られた女の名前、めちゃ被ってるじゃないですか~!
「…………どうしたエルーゼ。なぜレンの後ろに隠れる?」
「師匠はいま、わたしの中で人間ダンゴムシから変態ダンゴムシになりました。好みの女の子を弟子に取って、自分に従うよう洗脳するだなんて最低です」
「おまえは押し掛け弟子だろうがっ! 俺は何度も拒絶したろうっ!」
「……あ、そうでした。と、いうことはぁ……。最初わたしの弟子入りを拒んだのって、振られた子の面影と毎日顔を突き合わせるのが辛かったから……なんですね?」
「勝手に思ってろ。だいたい、洗脳の疑いがあるのはおま──」
「……?」
「──いや、なんでもない」
師匠ってちょくちょく、なにか言いかけて口を噤むなぁ。
おかあさんの話出し渋ってるみたいで、ちょっとヤな感じ。
「お嬢ちゃん、貞操の危機を感じて、俺の弟子に鞍替えかい? 賢明だねぇ。奥手なシアラのこと、陰湿なセクハラの日々なんだろ? その点俺は、弟子入り初日にしっかり大人の女性へ仕上げてやるぜ? ははっ!」
「うわぁ……。ハズレしかない二択……」
「それに俺へ弟子入りしたならば、鍵屋憧れの秘術、総当たり発声技法を伝授しよう!」
「総当たり発声技法……。先ほど師匠も言ってましたけど、それってどんな技なんですか?」
「んー……。あまり大っぴらに話せない秘術なんだな、こいつは。そのかわいいお耳、ちょっとだけ拝借してもいいかい?」
「えっ? あ……はい」
「じゃあ、よーく耳を澄ませな? ********……」
──ぞわぞわぞわぞわああああっ…………かあああっ!
「きゃっ!?」
えっ……えっ!?
いまなにされたのっ!?
耳元で……いままで聞いたことないような、変な声出されて……。
そしたら背中がぞくぞく震えて、でも顔はすっごい熱くなって……。
それで……胸がすっごいドキドキしてる…………。
「はははっ! お嬢ちゃん、耳たぶまで真っ赤だぜ?」
「レ……レンさんっ! いまわたしに……なにしたんですかっ!?」
「総当たり発声技法……の応用。二言三言に、大量の口説き文句と卑猥なワードを詰め込んで、囁いたのさ。お嬢ちゃんには刺激が強すぎたかな?」
「そ、そんなこと……できるんですか?」
「素養次第……だねぇ。そこのシアラは、発声に思考を紐づけしちまう理屈屋タイプだから、ついぞ修得できなかったっけ?」
「……ほっとけ」
二言三言で、大量の口説き文句と卑猥なワード……。
ああ、だからこんなに胸がドキドキして、顔が熱くなってるのね。
そう言えば、レンさんが耳元でぼそぼそ声出したとき……。
すっごい早口だったような気が……。
……………………。
えっ……ちょっと待って。
そういうことが、できるということは──。




