第21話 開錠屋レン(4)
「──はあっ……はあっ……。おい、そこの女売りっ!」
あーやだっ!
また商売女扱いされてるっ!
師匠、今度はなるべくきれいな言葉で追い払ってください~!
「酔っぱらいのジジイ、見なかったか!? 汚ねぇ白衣着た、白髪の!」
「いや、見てないな」
「チッ……牢の鍵持ったまま、どこ行きやがったんだ。あのヤブ医者め!」
「牢の鍵……? 俺はバコ屋だが、鍵でお困りなら相談に乗るぜ?」
「おおそうかっ! 薬物依存症の女が、檻ン中で倒れちまった! ありゃ相当ヤベー状態だが、医者が檻の鍵持ったまま飲みに出ちまった! 急いで別の医者診せなきゃ危ねぇ!」
「病院は?」
「そこの角を曲がった先にある、『来夢来人』ってぇ店の二階!」
「わかった! 来いっ、ションベン!」
「きゃっ!?」
痛ぁい!
他人の腕引っ張って走らないでください師匠ぉ!
って、薬物依存症に牢屋って……すごくイヤな予感するんですけどぉ!
──タッタッタッタッ……!
「……悪かったな、エルーゼ。ションベン呼ばわりして。ああいう輩に、名前を覚えさせたくなくってな」
「あっ、そうだったんですか……。あの……それじゃあ、バコ屋っていうのは?」
「金庫破り屋の隠語。現金が入った箱……金庫をナマバコって言うんだ。闇医者を探してる感じだったからな。話を合わせやすいよう、裏稼業の人間を装った」
「装ったっていうか、実際そう見えるんじゃないですか? 二度も女売りと間違われましたし……」
「……それは半分おまえに問題がある。いかにも騙されて風俗街へ連れてこられた田舎娘ってオーラが……っと。『来夢来人』……ここだな」
「『来夢来人』って名前のお店、世界中にありません? わたしの田舎に一軒だけある飲み屋も「ここから先は一言もしゃべるな。命が惜しかったら口を噤め」
……出た、必殺言葉被せ。
でも、こんな派手派手看板のお店の上に、本当に病院あるのかしら?
闇医者に、薬物依存症に、牢屋……。
病院あったとしても、まっとうな病院じゃないよね……。
ここは師匠の言いつけ通り、外に戻るまで口を噤んどこ……っと。
でもまさか、本当に病院へ連れていかれるなんて……ううぅ。
──カッ、カッ、カッ、カッ……。
うーん……正しい階段を上る音。
どうして解錠院の階段は、みしみしイヤな音が立つのかしら?
「火薬……硝煙のにおい、か」
「……?」
「思った通り、ここにいるな……。この扉の先に……あいつが!」
──バンッ!
師匠の解錠院といい勝負の、ボロっちい木製の扉。
部屋の中は……確かに病院っぽいけれど……。
黄ばんだカーテンに、黄ばんだベッドのシーツ。
棚に並んでる、ラベルもなにもない壷の数々……。
あれは……フォーク……メス?
手術道具みたいなのが、無造作に机の上に散らかってる……。
そして……火薬くさい煙。
ネグリジェの女の人、くたびれた服のオジサン……。
その向こうに、濃い緑色の髪の、男の人の後ろ姿……。
さらにその向こうに、鉄格子……檻……牢っ!
「……おおっ! 牢が破れたぞっ! くっ……完全に白目剥いてるっ!」
「ルマ! わたしがわかるっ!? お願い、あなたの自慢の蒼い瞳を見せてっ!」
「息はあるっ! ここの酔いどれ医者は待てねぇ! ヤブ婆ぁンとこへ運ぶぞっ!」
あわわわ……!
わたしと同じくらいの年の娘が、担がれていくんですけど……。
もしかしてわたしいま、華々しい都会の暗部に……立ち会ってます?
ん…………。
あの緑の髪の人は、ついていかないんだ……。
牢の鉄格子が、あちこちでちぎれて、穴が開いてる……。
あの人が鉄格子を壊して、牢の中の人を、外へ出したのかな……。
師匠は……あの男の人の後ろ姿を、怖い顔で睨んでる……。
「レン・デムワゼルク……。やはりいたか……」
えっ?
その人……師匠のお知り合い?
あっ、こっち見た。
右目に眼帯、薄めの顎ひげ……。
目つき鋭くて、顔骨ばってて、ちょっと強面だけれど……。
ジェイさんとは違う方向性の、ワイルドイケメンっ!
「……シアラか? シアラ・シュダスキーか?」
「ああ。おまえ、開錠屋やってるって噂……本当だったんだな」




