第02話 解錠師シアラは眠りたい(2)
わたしも初めて見る、叔母さんの遺品の小箱……。
光沢のある白と深青で彩られた、四つ足の陶製の小箱。
それに真っ白な小さな鍵が一つ、フックに掛けられてる。
「……エルーゼ」
「は……はいっ」
「おまえ……金は持ってるか?」
「あっ、解錠のお代ですね。はい。叔母さんが、幾ばくかは遺してくれてます」
「幾ばくかじゃダメだ。噤みの解錠は特殊技能だから、最低百万は貰う」
「ひゃっ……百万円んんんんっ!?」
「……大きな声出すな。おまえみたいな、いかにも田舎から出てきたばかりの小娘が、噤みの解錠代持っていないのは明白。相場を言っておいただけだ」
「むっ……! 出てきたばかりじゃありませんっ! もう五時間経ってます!」
「……田舎娘くささは、お酒と違って数時間じゃ抜けんぞ。ん~……そのライトブラウンの頭髪は、生え際に色の差異がないから染髪なしの地毛。ウェービーなのも生まれついてで、眉と肩を目安に自前でカット。理容店とは無縁で維持費ゼロ。よそ行きのサマードレスはところどころ黄ばみがあって、まずお下がり。ローファーも傷が目立つから同様。小箱を入れてた編み籠は籐製の手作りで査定の価値なし。外見的な資産価値はほぼゼロ。年に一回村を出るか出ないかの、典型的な田舎娘……だな?」
うっ……当たってる!
値踏みだけじゃなく、年一のとこまで見透かされたっ!
見透かされたけど……「はいそうです」なんてすなおに言うもんかっ!
ふんっ!
「ま……代金の話は、開けたあとでいい。ジョゼットさん絡みだしな」
「あの……。シアラさんは、叔母さんとどういう関係なんですか? そもそも、噤みの錠って……なんですか? あと……」
「質問は一つずつ! 優先順位が高い順に!」
……ひいっ!
この人顔の印象まんま、性格キツそうっ!
男のくせに妙に色白で、冷たそうな印象だし……。
それとも単に、寝起きで機嫌悪いのかな……。
あるいは、その両方……。
「わ、わかりました。じゃあ……一番の疑問です。どうしてシアラさんの仕事場は、こんなに汚いんですか?」
「……純朴そうでいて、なかなかいい性格してるな」
「そんな、純朴だなんて……。エヘヘヘ……」
「……都合のいい言葉だけを通すフィルターも、両耳に備えているか。噤みの錠は、それと似たようなものだ」
「……へっ?」
「噤みの錠。それを解錠するには、物理の鍵のほかに、合言葉が必要。すなわち二重ロック。噤みの施錠や解錠を生業とするのが、俺たち解錠師。ジョゼットさんは、その技術をともに学んだ姉弟子。ほかに質問は?」
「……さっきいたネズミは、飼ってるんですか?」
「生き物は飼わない主義だ。話が理解できなかったのなら、正直にそう言え」
「……はい。ちんぷんかんぷんでした……エヘヘ」
「はぁ……。さっさと解錠して、追い返そう……。さて、物理の鍵の形状は……っと。ふんふん……」
物理の鍵……。
シアラさんがいまフックから外した、わたしたちが普段使ってる鍵ね、きっと。
で、噤みの錠を開けるには、それとは別に合言葉が必要……かぁ。
うーん……合言葉、合言葉……。
叔母さんからは聞いてないし、遺書にも書かれてなかったし、そもそも噤みの錠も、たったいま知ったばかりだから……つまり……。
「……つまり合言葉を探り当てるのが、シアラさんのお仕事なんですねっ!」
「そういうことだ。まあ、普通の鍵の解錠もしてるがな。噤みの解錠は特殊技能だから、代金もそれなりにいただく。一件こなせば一年は寝て暮らせるから、普通の鍵の仕事は、気が向いたときだけ」
「遊んで暮らせる……じゃなくて、寝て暮らせる……ですか」
「睡眠以上の娯楽はない。俺にとっては」
「それで看板をあんなに目立たなくしてて、接客態度も最悪なんですね」
「……あえて否定はしない」