第18話 開錠屋レン(1)
──カチャカチャカチャ……カチャ……。
ううぅ……。
エルーゼ・ファールス、乙女盛りの十六歳。
ここは華の都会で、お外は快晴。
なのにどうして、薄暗くて埃っぽい部屋に閉じこもって……。
朝からずっと小箱の鍵穴に、棒と針金を突っ込んでばかり……。
わたしいま、人生で一番不毛な時間を過ごしてるかも……。
「はあああぁあああ……ふぅ。もう肩ガチガチですぅ。ずっと座りっぱなしで腰痛いですし、鍵穴の見すぎで目もしょぼしょぼ……」
「……エルーゼ、ため息を発声するな。汚い言葉遣いは、悪い言霊を招く。噤みの呪いは、普段からきれいな言葉遣いでないと扱えないぞ」
「そんなこと言って、師匠ぉ~。噤みの錠のことは、全然教えてくれないじゃないですか~。朝からずっと、鍵なしで解錠する練習ばっかり……」
「おまえはまず、物理の鍵に慣れろ。けさまで、錠の構造すら知らなかったじゃないか。まずはその工具で、錠の内部の感触を指先にしっかり刻みこめ。鍵穴の構造を頭でイメージできないと、噤みの錠は開けられないぞ」
「……っていうかこれ、ピッキングっていう犯罪の練習じゃありません?」
「ピッキング自体は犯罪じゃない。鍵を紛失したり破損したりで、緊急的に開けるケースもあるだろう? 本来それが解錠師の仕事だ。俺が噤み偏重なだけで」
「……なるほど」
「わかったら続けろ。ふあああぁ……不出来な弟子のせいで、貴重な睡眠時間が削られっぱなしだ……ったく」
「師匠もきれいな言葉遣いとは、とても思えませんけれどねー」
「……なんか言ったか?」
「いーえ、なーんにも。ネズミの鳴き声じゃないですか~?」
ふーんだ。
せっかくきのうのお出掛けスタイルで、ちょっと見直してあげたのに。
この人やっぱり、基本ダンゴムシよね。
──カチャカチャ……カチャ……カチャ……。
──ドスドスドスドスッ!
「……うるさいぞ、エルーゼ。おまえ錠を壊して開けようとしてないだろうなぁ?」
「そ、そんなことしてませんよぉ! それにいまの音、わたしじゃありませんっ」
──ドスドスドスドスッ……ドンドンドンドンッ!
あっ……これ、だれかが階段を上がってきてる音。
それから乱暴なノック。
お客さん……かな?
そもそも、金属と金属が擦れて「ドスドス」なんて音、鳴るわけないしぃ。
──ドンドンドンドンドンドンッ!
「ああもうやかましいっ! エルーゼ、客だったら『解錠師は留守です』と言って追い返せ」
「客じゃなかったら……どうします?」
「…………同じ対応でいい」
「最初から『全員追い返せ』って言えばいいのにぃ」
うーん……でもここは、師匠に賛同!
朝から鍵穴覗きっぱなしだから、鍵のお仕事はパスしたいですっ!
まさか二日続けて、噤みの錠の依頼もないだろうし……。
……って、わたしときのうのガリさんで、すでに二日続けてるか。
「はいは~い! いま開けま~す! ただいまの時間、解錠師は留守にし……」
──ガチャッ……バタンッ……ドカドカドカドカッ!
ひっ……!?
だれこのっ、鬼のような形相の太ったオバ……ふくよかなご婦人はっ!?
「ここねっ! 噤みの錠ってのを扱ってる鍵屋はっ!?」
「あわわっ!? あの、勝手に中へ入らないでくだ……。ああっ! そのソファーには座らないでくださいいぃっ!」
──ドスンッ!
「職人はどこっ!? いますぐ呼び出しなさいっ!」
「解錠師でしたら、お客様のお尻の下に……。あはっ、あははは……」
……っていうか。
まさか三日連続で、噤み絡みの依頼ぃ!?




