第15話 ワインは万斛の蝋涙の如し(9)
「この二枚目の扉も、まずはガリさんが試行錯誤すべきです。見てくださいあの、おとうさんの肖像画……。この扉の前で悪戦苦闘するガリさんの姿を、楽しんでるような笑顔ですっ!」
ああ……よけいな口、挟んじゃったかも!
でも、もう口開けちゃったから……最後まで言っちゃえ!
師匠、途中で言葉被せないでくださいねっ!
「ガリさんっ! わたしもおかあさんの遺品の小箱、師匠の助けであっさりと開けられました……。でも、いまになって思うんです。合言葉を自分で、一生懸命考えてみたかったな……って」
「お嬢さんも、噤みの錠の遺産を……?」
「一度解いた錠は……二度と元には戻りません。わたしはおかあさんの遺言で、師匠に解錠を頼みましたが……ガリさんは違います。一カ月でも……一週間でもいいんです。ガリさんのおとうさんが、『愛しの息子よ、次の扉はどうだ!』って考えた問題に、向きあってほしいんですっ!」
「んん……。確かにわたしは、一枚目の扉を開けるために、ワインの見識を広げました。父の目論見に、まんまと嵌っているな……と、思いながら」
「ですよっ! 絶対……そうですよっ! この扉は、ガリさんにワインのことをいっぱい知ってほしくて、もっと好きになってほしくて、おとうさんが作ったものなんですよっ!」
「あの肖像画も……。わたしが扉の前で頭を抱え、右往左往する姿を思い浮かべながら、画家に描かせたのかもしれませんねぇ。いま思えば、実に憎たらしく、いい笑顔です」
「でしたらっ……!」
「……ええ。シアラさん、まことに申し訳ありませんが次の扉の依頼、キャンセルします。この扉に、父に……。いましばらく、向きあってみたいのです!」
やったあ!
あとは師匠が機嫌を損ねなかったら、万々歳なんです……けどぉ……。
ちらっ……。
「……わかりました。錠にはまだ手をつけていませんので、こちらの解錠はなしということで」
「ありがとうございます。シアラさん、将来が楽しみなお弟子さんを、お持ちですねぇ……。ふっふっふっ……」
「さあ……どうでしょうか。フフッ……」




