第14話 ワインは万斛の蝋涙の如し(8)
厚い扉の先には…………。
まったく同じ扉が……もう一つぅ!?
し……師匠ぉ、これっていったい……どういうことぉ!?
「シ……シアラさんっ! 扉の向こうには、まったく同じ扉! これはいったい、どういうことでしょうっ!?」
……あ。
ガリさんまた、わたしとおんなじリアクション。
「……いえ。まったく同じ扉ではないようですよ。ガリさんの目線の高さに、ヒントが彫られています」
「えっ……? そ、そう言えばドアに、なにやらうっすらと文様が刻まれています。この形状は……デキャンタ?」
「ええ。デキャンタージュに用いる容器、デキャンタですね。コルクを抜いたあとにデキャンタージュ……もう一作業せよという、お父上からの第二問ですよ」
「な、なんと……。長年人を悩ませておいて、これはまた意地悪な……」
「失礼ながら、同感です。ただそのデキャンタの形状は、古酒用の細口タイプ。主に滓を除くためのものです。恐らくは、セラーへ駆けこむ前にいったん落ち着き、邪念を払え……という意味合いでしょう。となれば合言葉は、そう複雑なものではないと思われます。物理の鍵も、使い回しのようですし」
「で、では……。引き続き、解錠をやっていただけますねっ!?」
「新たな扉は、別途代金をいただきますが、よろしいですか?」
「む……。か、構いませんっ。一枚目の扉と、同額をお支払いしましょう!」
「承りました。もしも支払いが苦しいようであれば、この先にあるであろう古酒のいくつかと相殺でも構いませんので。これほどの施錠をなさる御仁。セラーにはそうそうたる銘柄を並べているでしょうから」
ひえ~!
噤みの錠の扉が、もう一枚あるなんて~!
師匠、思いもよらぬ臨時収入!
そしてガリさんは、痛恨の出費!
でも……これでいいのかなぁ。
一枚目の扉は、ガリさんが一生懸命合言葉を試してダメだったらから、解錠師に助けを求めたけれど……。
二枚目の扉は、師匠があっけなく開けちゃいそう。
それって、ガリさんのおとうさんが望んだことなのかなぁ……。
こっちを見てるおとうさんの肖像画、笑顔だけれどいまはちょっと、雲って見えるかなぁ……。
……………………。
「……あのぉ、師匠」
「なんだ?」
「きょうはここで、店じまいにしませんか?」
「……はぁ?」




