表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/64

第11話 ワインは万斛の蝋涙の如し(5)

 はあああぁ……。

 依頼者さん、外観も絵本の小城みたいだったけれど……。

 広間もすっごく広くて立派!

 ダンスフロアみたい……見たことないけれど。

 ここだけで、わたしんちの一フロアより広いよね……。

 真っ白な壁、真っ赤な絨毯、長~いテーブルには高価たかそうな燭台がズラリ……。

 ここがわたしの解錠師(見習い)としての……初の現場。

 不足なし……っていうか、過分っ!


「……エルーゼ、きょろきょろするな。馬車の中で飽きるほど、首を振っただろう」


「あ、あれはしかたないですよう。旅客用の馬車乗ったの、初めてでしたから……。故郷じゃあ農作業用の馬車だって、『人間積むのもったいない』って、めったに乗れなかったんです」


 それに……完全形態の師匠が、向かいに座ってるんですもん。

 目のやり場なくって、窓の外きょろきょろしちゃいますよぉ。

 おまけに貸衣装とはいえ、こんな立派な純白のワンピース着られて……。

 浮足立つなって言うのは無茶ですぅ!

 あとこのワンピース、胸元がメッシュで……恥ずかしいっ!

 胸の上半分が透け透けっ!

 こんなの着てる人、一度も見たことなかったのに……まさか自分が着るなんてっ!

 貸衣装屋のコーディネーターさん……意地悪っ!


「想像以上の田舎から出てきたんだな。なんだってジョゼットさんは、そんな隠遁生活をしていたのやら……」


「師匠が知ってるおかあさんは、どんな人だったんですか?」


「……また今度な。仕事中だ」


「む~! 自分から名前出したくせにぃ!」


 あっ……と、高そうなスーツ着たおじさんが、こっち来る……。

 あれが依頼者さんかしら……。


あるじのガリ・ブダリューです。お待たせしまして、申し訳ありません」


 ちょっと小柄な、オールバックの紳士風壮年男性。

 いわゆるイケおじなんだろうけど、わたしは管轄外かな。


「解錠師の、シアラ・シュダスキーです。こちらは弟子の…………おい立て!」


「あ、はいっ! え、えっと……弟子の、エルーゼ・ファールスですっ!」


「……間抜けが」


 はわわわわっ!

 そう言えばこういう場面では、座ったままは失礼って、おかあさんから教えられてたっけ……。

 田舎は座ったままで話せる大人ばかりだったから……油断。


「はははっ、初々しいお弟子さんですねぇ。どうぞ、楽にしてください。馬車を降りてすぐに仕事……というのも性急ですから、まずはこちらのワインを、一口どうぞ」


「……急に訪ねたわたしどもに、厚いもてなし。痛み入ります。エルーゼ、遠慮なくいただこう。座りなさい」


「は、はい」


 う~……師匠ってば、こういう場に慣れてる感じ。

 解錠院のソファーの上だと、でっかいダンゴムシなのに~。

 んー……あれっ?

 ガリさん、カートで運んできたワインを変な容器に移し替えてるけど、いったいなにしてるんだろう?

 こそっと師匠に聞いてみよ……。


「……師匠。あれはなにをしてるんですか?」


「田舎娘は、デキャンタージュも知らないのか……。古いワインは味が固くなっていることがあるから、ああやってデキャンタという容器に移して空気になじませ、味を柔らかくしているんだ」


「へぇ~。あれはデキャンタージュで、移す容器はデキャンタ……」


エチケット((※ラベル))の銘と年、そして香りから察するに、半時間はかかるな」


「ええっ? そんなにかかるんですかっ!?」


「シーッ……。俺たちはアポなしで訪ねたんだ。向こうにも、いろいろと準備をする時間が必要。これは向こうなりの時間稼ぎ。黙って合わせるのがマナーだ」


 その気遣い、わたしが訪ねていったときにも欲しかったです……くすん。

 ……って、アポなしで訪ねたの、わたしのほうだっけ。


「……シアラさん、エルーゼさん。ワインが開くまで、しばしお待ちを」


「一五七七年ガルツァ産『潮騒の踊り子』……ですか」


「……お見事! あ、いや……これは申し訳ない。ブラインドテイスティングじみたことを、させてしまったようで。『潮騒の踊り子』と言えば、思いだされるのがこの言葉。『唯一とは、最後でもあり、最低でもある』……」


 あっ……。

 師匠が今朝、言ってた言葉……。


「そのワイナリーの開祖、ギチェル・グラムの金言ですね」


「さすが、よくご存じで。ワイン空白地帯へワイナリーを築き上げたギチェルはそう言い、広大な農園の一部を、無縁の後進たちへ無償で貸し与えました。市場の独占に意味はない。同業で切磋琢磨し、この地のワインの質を高めていかねば……と」


「しかしギチェルは結局、生涯その先頭を走り続けることに。今わの際に『踏む影がないのは、探究家にとって最大の不幸である』という恨み節も遺していますね」


「ええ。金言集に載せられる言葉は、一人ひとり一言いちごんが慣例。ゆえにそちらはあまり知られていませんが、後者を推す人も少なくありません。いやあ、きょうこそは、あの扉が開きそうな気がしますよ」


 ……あの扉?

 それをこれから、師匠……とわたしが解錠するのかしら?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ