第10話 ワインは万斛の蝋涙の如し(4)
──みしっ、みしっ、みしっ……。
ああ~、もうっ!
この階段の嫌味な音、なんとかして~!
毎日長身のジェイさんが上り下りしてるってことは、本当は頑丈なんでしょっ!
口を噤みなさいって!
──ガチャッ……パタン。
「……師匠。朝食、ありがたくいただいてきました~」
「そうか。ならすぐに、出掛ける準備をしろ。仕事だ。帰りは夜になるぞ」
「お~、さっそく一番弟子の初陣ですね……って、あれっ? 師匠の声はすれども、姿は見えず……。ソファーの上の毛布も、もぬけの殻……」
「おまえ……。俺を毛布とセットの存在だと認識してるな?」
「あっ、師匠。そんなおそばに……って!? ええええっ!? どうしたんですか、そのお姿はっ!?」
上下でちょっと濃さの差がある、グレーのモーニングコート姿……。
さっきまでのボサボサ髪はきちんと整えて、服も皺なくビシっと身に当てて……。
体の線は想像どおり細いけれど、ひ弱じゃなくってシャープな印象……。
……あらやだわたしったら、「想像どおり」だなんて。
そんなものいつ想像したっていうのオホホホ……って、ちょっと待って!
師匠の腰のベルトの位置……ジェイさんより高くないっ!?
脚長いっ!?
もしかして師匠……直立すると背高いっ!?
ソファーで毛布にくるまってたときと、完全に別の生き物!
脱皮する系の生物だったりするぅ!?
「……これから向かう先は、それなりの旧家でな。普段の軽装じゃあ、門前払いだ。だからこの依頼、断り続けていたんだが……。押し掛け弟子のせいで、受けざるをえなくなった。ああ、面倒くさい」
「そ、そうでしたか……。ですが、なんというか、その……。馬子にも衣装、ですね。師匠」
「弟子のくせに、なかなか舐めた口を聞くな? 言っておくが、おまえもそのままじゃ門をくぐれん。道中で貸し衣装屋に寄って、相応の格好にさせるからな?」
「えっ……!? じゃあ、豪華なパーティードレスとか、シックなレディーススーツとかに着替えられるんですかっ!? 経費でっ♥♥♥」
「くっ……! 嫌味を言ってやったのに、逆に喜んでいやがる……。これだから田舎娘は……。ったく……」




