とにかく非道な負けず嫌い
——「儂を殺せるものなら殺してみてもよいぞ?」
冗談っぽく笑いながら師匠にそう言われた時その場にいた僕以外の11人の弟子は、そんなことできるわけないだとか無茶言わないでくださいだとか弱気な言葉を吐いていた。
実際そうだ。師匠の魔法と僕たち弟子の魔法では雲泥の差がある。きっと赤子の手を捻るようにあしらわれてしまうに違いない。
僕も彼らと同様そう思っていた。
彼らも師匠を超えることを目標にしていたのだと思う。とはいえそれは夢に近い目標。
彼らが師匠に本気の魔法を放ったのはその日だけ。
だが僕は違う。
まだ諦めていなかった。
僕は生粋の負けず嫌いなのだ。
◆ ◆
「——…やばい………」
ごくっと口にたまった唾を飲み込む。
己のしでかしたことの深刻さに今更ながら気付いた。
きっと今の僕の顔色は真っ青に違いない。
やばいまずいどうしよう、そんなとりとめのない言葉と感情ばかりが胸に渦巻く。
「……まじでやばい」
つい声に出してしまうほど切羽詰まっている理由は僕の視線の先にある。
いま僕の目の前にいるのは床に顔を伏せて倒れている老人。
僕の師匠である。
床に伏せて眠っているのか?いや違う。それならばどれだけ良かったか。
やってしまった。殺ってしまったのだ。
僕は師匠を殺ってしまったのである。
——殺せるものなら殺してみてもよい
そう師匠に言われてから凡そ二年経つ。
師匠は今年で72歳になる歳だった。
物忘れがしばしば出てきた最近のタイミングなら殺れるんじゃないか。
いかに師匠といえど老いには勝てないだろう。
そう思った僕は、
——師匠の飲み物に毒を盛った。
そうするとぽっくり逝ってしまわれたのである。
……今思えば酷い。非道にも程がある。
ぽっくりと表現したが本当のところはそんなものではない。
『っ!?あぐぅ!!ぅうがぁっっ!?えぐぇ!?!?こぉっ………かはっ!!!』
こんな感じで白目を剥きながら、口から大量の血反吐を吐いてくたばった。師匠はこんな毒じゃ死なないかもしれない、とかなり強めの毒を盛ったのだ。
おかげで現在部屋の中は血腥い匂いが充満している。
師匠もまさか弟子に毒を盛られるとは思っていなかっただろう。警戒することなく—いや、する方がおかしいのかもしれない。普通に飲んで普通に死んでいった。
毒を盛ったことを見破られた時の対処として、椅子の裏に爆弾も仕掛けておいたのだが必要はなかった。
……と、そんなことを考えている場合ではないのだ。僕は誰が見ても明らかにまずいことをしでかしている。
師匠を殺すまでは負けず嫌いに駆られて事の異常さに気付いていなかったが、僕がやったことはただの人殺し。これがバレると必ず牢屋に入れられてしまうに違いない。
いま僕の頭にあるのは保身ばかり。どうすればこれがバレないかを必死に考えている。
「……燃やす……?」
それは可能だが、師匠はどこに行ったのだと弟子が大騒ぎしてしまうだろう。
殺せるなら殺していい、と言われたことが免罪符になるか?
なるわけない。そんな言葉を真に受けるやつは危険すぎる。
……まあ僕のことだが。
「……まじでどうすればいい……」
早くどうにかしないと死んだ、というか殺した師匠の弟子たちがやってくる。
えげつない量の血を吐いて倒れている師匠。側には青ざめた顔の僕。まさに一目瞭然だ。こんなところを見られたら犯人だと確信されてしまう。
その場合、牢屋に入れられることなくその場で処断されてしまうはずだ。
その光景を想像し、ぶるっと震える僕。
それを避けるために全力で頭を回す。
火事場の馬鹿力というやつなのか、人を殺してしまった興奮で脳内物質が分泌されているのかわからないが、いつもより良く回る気がする。
そして一つの答えを導き出す。
「——よし、逃げよう」
それしかない!!
僕は師匠の家にあったお金や食料—今となっては遺産を、これまた遺産のリュックに詰めて犯行現場から逃げ出した——。
◆ ◆
「ぁえ…………」
「っ!?……師匠……?」
犯人が去った犯行現場で無惨な姿で倒れた師匠を目にする2人の男女。2人共何者かによって殺害された師匠の弟子である。
しばらくその目で見たことが信じられなかったのか部屋の入り口で立ち尽くす彼ら。
「っ!?お師匠さま!?!?!?!?!?」
視覚したことをしっかり脳で理解した瞬間、すぐに駆け寄り師匠の身体を揺する。すでに亡くなっていることは理解しているだろう。なんせえげつない量の血を吐いているのだから。
しかし信じたくないのだ。
「ぅひぐっ………」
「お、おいアン……師匠は……——」
師匠の身体を揺すりながら涙を流す茶髪の女性—アンに、師匠は死んでいるのか?と声を掛けようとする身体の大きな男。
「——生きてますっ!!お師匠さまは生きてます!!!」
半狂乱になりながら泣き叫ぶアン。
「ムタイはお師匠さまが誰かに殺されたとでも言うのですか!?!?」
「い、いや……」
どう考えても死んでいる、そう理解しても男—ムタイが涙しないのは未だ現実感がないからだろうか。
それだけ師匠とやらが優秀であったのだろう。
「とりあえず落ち着け」
そう言いながらアンの背中をさするムタイ。そして彼女は徐々に落ち着きを取り戻す。
「……誰に殺されたのでしょうか。誰がお師匠さまを殺したのですか……!!」
平静……ではないが狂気はなくなったアン。己の師匠の亡骸を見ながら繰り返し呟く。
ムタイは無言で眉を顰めている。
それはムタイも思っていた。あの師匠を殺せる人間なんて存在するのか、と。
「………」
と、動いたのはムタイ。向かう先は師匠が座っていたであろう椅子とテーブル。その上に残っている2つのティーカップを見つめる。
「2人……」
師匠の他にもう一人。ここにいたやつが犯人か、と推測する。
そして少しだけ溢れた片方の紅茶。
外傷はなく、口からえげつない量の血を吐いた師匠。
「毒だ……」
そこから毒で殺されたのだ、と計ったムタイ。
ムタイは身体が大きい上、その身体も丈夫である。故にそこらの毒は効かない。
溢れた方の紅茶に人差し指をつけ、ペロッと舐め、
「!?こ、これは……——」
「——っ!?うぐぁっ!!!おぶぇ!?……くぶっ!!こぉっっっ……かはっ!!!」
えげつない量の血を吐いて死んだ。
どこかの誰かさんが入れた毒が強力すぎたのである。強めと言っていたがそれどころではない。
なんだ……?とその光景を見ていたアンは茫然自失。
とりあえずその紅茶に何かある事はその状態でも把握する。
仲間—残りの弟子を呼ばなければ、と考えたときにはもう遅い。
……ピ、ピ、ピピピピピ——
音が鳴り響き、椅子を見る。
バアアアアアアアアアアアアアアン————————
と耳をつんざくような爆発音が聞こえたあと、
——うし、2キルっ!!
なんて声が、誰も聞くものがいなくなった場所で響いた——。