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「王子の……覚醒……?」
男は不思議なものを見る目で少年を見た。
「そうですよ! 当代勇者として生まれた王子が真の力に目覚めるのは条件を満たしたいずれかの都市を取り戻すためのイベントの最中。魔軍最高幹部である十二魔将のいずれかとの戦いに敗北した際です。覚醒前に十二魔将複数と当たったら、間違いなく死亡する。確実に十二魔将のうち、覚醒に至る相手が単体で行動しているときに王子をぶつける必要がある。そんな都合の良い場面、どう考えても魔軍がこちらに攻め込み、単独で守将として要地を抑えているときしか有り得ません」
少年は覚えている限りの前世の記憶を総動員し、原作におけるメインストーリーに必要ないわゆるフラグ条件を説明した。
「あれ? 適当に戦っていれば覚醒するんじゃなかったっけ?」
「オォィ?! そんな訳無いでしょうが。勇者の力は魔王の対になる力。魔王の力の一端に触れ、なおかつ生命の危機に追い込まれた時ようやく目覚める力ですよ? 魔王の加護を与えられた十二魔将以外で覚醒させようとしたら、魔王そのものとの決戦だけじゃないですか。ゲームならばシナリオ展開上理想的に覚醒への道が開けていますがね、今生は現実でありましょう? ならば、その流れを途切れないようにするか、もしくはそうなるように流れを引っ張り込むか創り出す必要がある訳ですよね?」
あまりもの返事に少年は思わず声を荒げる。
流石に勇者の敗北は人類陣営の負けに繋がる事態であり、どう考えても平穏な暮らしから遠くなる危険事態であった。何があっても避けなければならない状況である。
原作知識があるのならば、流石にそれは誰であろうとも注意しているものと少年は考えていたが、目の前にいる人物がとんでもない例外なのではないかと訝しみ始めていた。
「んー、そうなるの、かな?」
そのような少年の葛藤などつゆ知らず、男は気がない様子で首を傾げた。
それを見て、
「なります。むしろ、今がどの程度原作に近い流れなのかが気になって仕方ないんですが、僕としては?」
と、少年は険しい表情を浮かべた。
原作知識を使わずに全てを熟すだけの実力があるのならば分からないでもない。
だが、問題はどんなに実力があろうとも、超えられない存在がいる時点で、その対策なしに好き勝手にやりたい放題しているのならば、少年から見ても世界から見ても害悪でしかないのである。
「大して変わりが無いと思うのだがねえ」
少年からしてみれば嫌味かと思うぐらいの余裕を持って男は静かに笑った。
「貴女と僕の認識の違いは嫌と言う程この時点で分かりましたよ。どう考えても、アルバート老師とベルナルド師が和解している時点で、原作とは歴史が掛け離れているのですからね」
少年は大きな溜息を付き、「細かい差異は調べていくとして、これから僕をどう扱う予定なんですか?」と、尋ねた。
「魔力があることが分かった以上、最低でも兵役は確定だ」
「まあ、そうなりますよね」
男の答えに対し、少年は納得する。
わざわざ王国が国中を巡って魔力を持つ者を探すのにもちゃんとした理由がある。
万物は魔力を有する世界であれど、その魔力の存在を自覚し、自分の意思で自在に操れる者ともなれば数えるほどもいない。代々その力を鍛えている貴族や騎士階級あたりならば、力の大きさの多少はあれど余程の例外がない限りは有している。
だからと言って、貴重な戦力をその階級からだけ抽出していたらあっと言う間に人的資源が不足する。特に、指揮官としても育てている層から一気に失われていくのは非常に不味い。
そこで、その資質がありそうな平民を徴兵し、下っ端として育て上げる必要にかられたのだ。
ちなみに、この世界の入学の季節は秋ではなく春である。これには多少理由がある。夏の農閑期に魔力の有無を調べる検査をする都合上、諸々の手続を終わらせる頃には季節がいくつか過ぎ去っているからである。この世界の支配階級も、農作業を中断させてまで魔力持ちを探す蛮勇は持っていらしい。
そこから魔力持ちの平民を見つけて初等学校に入学させ、魔力持ちでしか就役できない仕事に就くための技術学校に進ませるのが大体の流れだ。余程成績優秀な場合、貴族の従者達を育成するための学校に編入させ、より高度な仕事に耐えきれる人材として期待されることとなる。更に稀な場合、貴族に魔力の使い方のイロハを叩き込む学園で学ぶ機会が与えられる。ここまで来ると、優秀などと言う言葉で括れない。些か陳腐だが百年に一度の天才とか、余程後ろ盾になれるお貴族さまに気に入られているのかといった宝くじにでも当たるよりも難しい運の良さでもなければ無理である。
そして、極稀にそれよりも上の魔導師の内弟子として育て上げられるという珍しい話もある。王国が成り立ってからは存在したことのない遣り方ではあるが、建国の功臣として知られる“大魔法使い”の二つ名を持っていた人物の生まれは百姓であったと伝えられ、たまたまその地方を訪れた魔法使いに拾われたことで“大魔法使い”を号するほどになったという。