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「魔王が復活したのに動かないと考える方が楽観が過ぎると思うな。一度たりとも魔王復活時に魔軍が動かなかった事実はない。こちら側に勇者が生まれたのならば、向こう側では魔王は復活している。どういう因果関係かまでは分からないが、こちらだけが一方的に切り札を手にするという事はあるまいよ」
声を潜めながらパウルは彼が知り得る限りの話から事実だけを積み重ねた結論を口にした。
「まあ、人類領域のどこで勇者が産声を上げたかまではあちらさんも分からない筈なんですけどねえ」
フリッツは思わず苦笑した。
勇者と魔王の誕生が対になっていたとしても、お互いにどこにいるかまでは分からない。
経験則から、魔王は魔族領域にあると言われる魔王城に鎮座しているのではないか、と言う推察はできるが、知らぬ間に遷都していないとは言い切れない。
勇者が生まれた陣営が声高にその存在を言わない限り、魔王が魔族領域にいることすら他の人類陣営が気が付くことはまずない。
従って、勇者が生まれたことを知っているものだけが魔王を探すとしたとして、どこにいるかまでは見つけられる可能性は低いし、魔族陣営とて魔王が再誕したと知っていれば勇者が何処かに産まれたことに気が付いているため、魔王を探している者が所属する陣営が勇者を隠している陣営だと気付かれてしまう。特に、魔王と違い、勇者は赤子として生まれてくるため、自らの身を自らで守れるようになるまでは隠し通さないと守り切れない。
一方の魔王とて、再誕してすぐに動けるようになることはないらしく、魔王軍の掌握も一朝一夕でできるわけではない。
よって、お互いに情報を秘している限り、勇者と魔王が存在している陣営以外はそのお互いの存在に気が付かないこととなる。どこまで隠し通せるかが勝敗を分ける大事な因子となる以上、いずれかの陣営が堂々と情報をさらけ出すまでは静かに事が運ばれるのが定石であった。
「そのための夢魔を含めた人類社会に潜める魔族の情報網なのだろうよ。こちらがいくら隠しても、その事実があるのならば探り出していくのだからな。ならば、いざと云う時の混乱を防ぐためにも公然の秘密ぐらいにしておくしかあるまいよ」
歴史上、七大名家、それも筆頭であるウェゲナーの血脈から“勇者”が出やすいのは経験則として広く知られている。
当然、魔族側もそこを注目して潜らせている“草”を通じて情報を得ようと暗躍する。
よって、王国上層部は知られている情報は漏れるものと想定して動いている。
そのために、敢えて王太子の守り役に“王国最強”を配したり、これでもかと言うぐらい警戒している陣容を見せ付けていた。
魔軍としても、要らぬ動きをして人類陣営を一致団結させたいわけではない。
互いに騙し合いの表か裏かはたまた更に裏かといった権謀術数の限りを尽くした情報戦が既に繰り広げられていた。
当然ながら、七大名家第伍座であるカノーの当主たるパウルもその渦中のど真ん中にいるわけで、ある程度の正しい情報を与えられていた。
「では、こちらに魔族の敵愾心を擦り付けられると算段した動きなんですかね、帝国は?」
「アレはなあ、反応に困るよなあ」
パウルは思わず苦笑した。
魔族領域は北端と東端に連なる険しい山脈によって人類勢力圏と隔てられている。
北端は要塞化され、日夜、帝国と小競り合いが続く紛争地帯である。
一方の東端は、山脈から流れ出した大河と王国と帝国の国境付近から流れる大河によって巨大な湿地帯を作り上げている。
その湿地帯に住まう水棲の亜人や東の人類、西の魔族は互いの領域を侵さないという暗黙の了解を元になし崩し的に休戦がもたらされていた。
誰もが知るはずのその暗黙の了解を破って、なぜか帝国は北からその地域に入植を開始していた。




