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「さて、貴家は当家を侮っているのかな?」
不機嫌そうな表情を隠そうともせずに、パウルは下座で平伏している中年の男を睥睨する。
「め、滅相もありません」
「ならば、なぜ、余が手ずから認めた文書を無視したのかな?」
爽やかな笑みを浮かべ、気軽な声色でパウルは詰問を続ける。
中年は何も言えずにただ平伏して態度を示すしかなかった。
七大名家の当主と王族にのみ許される一人称である余を公的な場ではなく私的な場で使うということは大変深い意味を持つ。
流石にその意味をはき違えるほど中年の男も愚かではなかった。
「全く以てその様な意思は御座いません!」
「では、この現実はどう取るのだ? 余も暇ではないのだぞ?」
パウルは静かに恫喝した。
実際、魔道院の魔道具開発部門の長となり、新型魔導器の開発の立役者となった今、旧式との置き換えのための量産を責っ付かれている以上、暇が無いのは事実である。
それもあって、前もって時間を取られかねないことに対する事柄への注意事項を今年学院に入学する生徒を有する諸家に対して送った結果がこれである。
「言い訳をするつもりは毛頭御座いませぬが、当家はカノー様なら御存知やも知れませぬが王国に属する地の中でも外れも外れに存在する田舎者で御座いまする。魔道士などと云った洒落た方々は一切存在せず、魔導器を手に入れるのすら四苦八苦してやっとの事。倅共が魔道院の魔道士がなんたるかを言葉で教えても理解しきれる環境でないことは今一度お考え頂きたく……」
「それを知った上での触れだったのだがね? 分かり易くわざわざ短杖と杖の違いまでも書き記したつもりであったが、それすらも理解できぬ蛮族を越えた蛮族であったのかな?」
パウルは相手方の申し開きを一刀両断する。
中央と縁が薄い地方貴族には毛頭理解できない部分があるだろうと考え、わざわざ魔道士と魔術師の違いを分かり易く書き記したのにも関わらず起きた事件である以上、カノーとしては容赦をする理由が全く無かった。
「その点は申し開きもなく」
「まあ、良い。一罰百戒、貴殿の子息らは良き手本となったであろうよ。以降の被害がなくなったことに関しては良しとしよう。されど、余の通達を無視した罪は無視できぬ」
中年貴族は平伏したまま震えた。
カノーを敵に回すという事は、実質上魔道院全てを敵に回すことに等しい。
魔導器の数が戦力に直結する以上、どんなに魔導器が回って来にくい辺境であろうと、一定数は確保できるように配慮されてはいるのだ。それがされなくなったならば、地域での自分の影響力が無に帰すことは言うまでもない。
「只、今回は被害を受けた当人がなかったことにしたいという意向もある。その状況下でカノーが報復するのは些か筋が通らない。命拾いしたな」
つまらなそうにパウルは告げ、「然れど、カノーは起きたことを決して忘れん。二度目はない、努々忘れぬ事だな」と、付け加えた。
パウルは脇に控える側近に目配せをし、
「下がってよろしい」
と、側近は主の意を汲んで下命した。
中年貴族は頭を下げたまま、上げることなく慌てて退室していった。
「やっぱ、舐められてね、俺?」
扉が閉まった後、パウルはぽつりと呟く。
「どちらかというと、王国内の統制がおかしくなってきているのかと」
独り言の様な主君の呟きに側近は静かに返した。
「……隠しているとは云え、王家に“勇者”の印が出たって事は、魔王の復活も確定事項だからなあ。魔族領域国境付近やそれに乗じそうな帝国国境付近の領主は独自判断をし始めるか」
パウルは持ちうる情報をつなぎ合わせ、これから来るであろう動乱の時期の展望を予測する。




