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「もうちょっと圧を減らしたまえよ、バーニー。ボクの弟子がびっくりしちゃうじゃないか」
流石にあまりよろしくないと考えたのか、クリスはベルナルドと弟子の間に体を割り込ませた。
「そんな可愛げがあるようには見えないがな。何はともあれ、試すような真似をして済まなかったな、少年。それでは、早速だが君の魔力の循環方法を見せて貰おう」
にこりと笑ってからベルナルドは立ち上がり、ゆったりとしながらも大きな歩幅で扉へと向かう。
「待ちたまえ、それは少し焦り過ぎじゃないかい、バーニー。ボクの弟子が小走りしても追い付かない速さだぞ」
くつくつと笑いながら、クリスは少年の肩を一つ叩いてからそれに続く。
少年も慌てず落ち着いて、大人二人の後を追った。
「兄上、何をしているのですか?」
少年の指導の下、屋敷の中で最も魔力が吹き上げてくる聖堂にて瞑想していたベルナルドを尋ねて来たのは、先程まで主賓として夜会に出席していたパウルとシェリーであった。
「おう、良いところに来たな。俺も何とかコツを掴めてきたところでな」
人好きのする笑顔でベルナルドは二人を迎え入れる。「少年、紹介しよう。この二人が我がカノーの本流を継ぐ者、パウルにシェリーだ。君の考え出した技術を是非とも伝授して欲しい相手だ」
「やあやあ。二人とも久しぶりだね。申し訳ないが、今は色々と穿鑿しないでもらえるかな。何も云わずにこちらの云う事を信じて欲しい」
クリスも和やかに話し掛けながらも、先に釘を刺す。
「クリスさんのお弟子さんのことですか?」
「まあ、それもあるかな。むしろ、ボクがなんで彼を弟子にするしかなかったかの方が重要でね。魔力容量だけで云えば、魔導師として十分あるけど、それが後天的なものといえば分かるかい?」
「?! まさか、そんなことがあり得るのですか……?」
驚愕に塗れた表情でパウルはやっとの事で言葉を紡ぎ出す。
「あり得るのだろうな。農村生まれのただの小倅が最初から魔力容量が魔導師並みにあったとは考えにくいのでな」
ベルナルドは冷静に考えを述べる。「事実、この少年が毎日行っていたという瞑想方法は理に適っている。何故俺は今日までこの方法を考えつかなかったのか、その不明を恥じたい」
「まあ、始めたばかりのバーニーに変化があった訳じゃないんだけどね。ボクとカチュアちゃんで彼と出会って遣り方を聞いてから実践して、実際に微々たるものだけど増えたのは間違いないんでね。彼に云わせれば、体内に引き込める魔力が多いほど効果があるというのだから、王都にある魔力溜まりならば、もっと早く増えるんじゃないかな?」
信じて良いのか困惑しているパウルに、クリスは優しく笑みを浮かべた。
パウルは降って湧いた幸運な話をどう受け止めて良いのか困惑していた。
一方、シェリーはぴんと来ないことよりもその場に居るもう一人に興味を持った。
自分たちが聖堂に来たことを知ってから黙ったままずっと顔を上げずにいる少年が何者なのか、不思議だったのである。
「こんばんは。私はシェリーと申しますの。貴方のお名前を教えてもらえるかしら?」
そう少年に話し掛けたが、少年は一言も返さなかった。
無視をしているわけではなく、動きからクリスの方を気にしている気配が見えた。
「御免ね、シェリーちゃん。ちょっと今はまだ、彼の名前を知られるわけにはいかないんだよ。一応はボクの内弟子ということになっているけど、公的な身分としての見習い魔導師ですらないからね。その上、君も魔道院の魔導師ではない以上、カノー本家のお姫様でしかない。すると、現状は彼に直答の権利がなくてね。訳ありだったから、大急ぎで連れてきたけど、君たちとの繋ぎの予定はなかったんだ」
クリスは申し訳なさそうにシェリーに謝罪する。
実際、クリスとしては、ここでカノーの兄妹に合わせる予定はなかった。
むしろ、ベルナルドに挨拶したらさっさと引き上げるつもりだったのだ。
その程度の自制心がベルナルドにもあるだろうとの計算だったのだが、クリスをしてベルナルドの魔力容量を増やす方法に対する執着は見極めを誤らせた。
「俺が彼と話すことができるのも、カノーの当主代行である前に魔道院の魔導師でもあるからだ。“大魔法使い”たるクリスの内弟子ならば、みなし見習い魔導師とも取れるからな。だが、二人は今のところ魔道院の魔導師でもなし、七大名家の直系ともなれば身分差を越えてみだりに話すことを禁じている王国法に反する。俺の我が儘もあって無理に今日来て貰ったのだ、数日のうちに見習い魔導師として魔道院より承認が下りようから、それまで待て」
クリスに続き、ベルナルドもシェリーに優しく語りかけた。
仕方なしと言った顔付きでシェリーは渋々と引き下がる。




