お得なことが、とても多かった
受け取った神託を読み始めた私は、最初の一文でショックを受けてしばらく呆然としたが、でもこれで書類を目にした時の最初の疑問が解消した。
脳内でとはいえ、念じればしゃべってくれるような自動翻訳機能がついていれば、確実に人間はその文字を理解しようとする動機がなくなる。歴代の巫覡が文字を理解できないままだったのはいうまでもない。
とは言え、私はすでにこの文字が読めるようになったので、音声で聞くよりも、自由に閲覧速度を調整したり読み飛ばすことができるので確実に便利なのだ。今更念じる必要性も無い。
では、他の疑問について、解決してくれるのかい?
<< 空白の紙などの媒体を握り、伝えたいことを念じることで書類の作成ができる。 >>
確かにこれも疑問だった。文字を知らないのに、どうやってアビンさんは引き継ぎの書類を書き残してくれたのか分かった。
<< 私からは、今はこの左の鼎を介してしか直接言葉を伝えられない。 >>
あ、そういうことか、つまり私がここに来れなかったらそもそも神と直接に交流ができない。私が疑問に思うことは恐らく見てくれてはいるが、それに対しての答えはここに来なければ受け取れない。
また、巫覡もここに来ることしか神託を受け取れないので、巫覡の引き継ぎ先がいなくなると、禁忌の地を知らなければ、仮に新たに巫覡が現れても、禁忌の地に辿り着けない。
そもそも巫覡は神託によって指定されるので、次代の巫覡に関しては、当代の巫覡がここで神託を受け取ってからその巫覡を見つけ出し、そこからここに連れてくるという手順が発生するのだ。
そのため、仮に断絶後に新たに巫覡を神が指名しても、その神命を受け取る相手がいないので本人を含めて誰も知る術などなく、私以外に前例がなかったのも納得だ。
<< ちなみに、右の鼎は、私の回答を確実に求めたいことを文書で送るために使うもの。しかし、巫覡は格が足りないので、使うことができない。
そしてあなたは思うだろう、私はあなたの考えていることが分かるのに、これを使う必要性がどこにあるのかと。
それはもっともな疑問だ。しかし残念ながら、私は常にあなたが何を考えているのかを覗き続け、さらにそこから私に対して回答を求めたいことを拾い上げることはない。
なので、確実に回答を求めたい疑問については文書で送ってくれ。 >>
確かに私の疑問をすでに的確に分かってくれてそれに回答してくれてるので、私の思ってることは見てくれている。
そして、確かに巫覡は「神託を受け取る」だけの職位である以上、「神に申し出る」ことはできない一方通行である。その制約上、結局右側の鼎は今まで誰も使えなかったのだ。
だったらなんで神は右の鼎も作ったのか?もしかして「神に申し出る」職位が昔あったとか?私がこれまで知り得た知識ではそれらしき職位はなかったようだが。
そして私が聞きたいことや話したいことに関して全てキャッチしてくれるとか保証できないため、確実に神からの回答を求める場合にこれを使えってことか。
まあこれも分かる。研究室のグループチャットでも、教授はなるべく皆のメッセージを一通り受け取ったつもりでも、雑談や他の要件に埋もれることがたたあるので、必ずチェック漏れが発生する。だから教授も私たちメンバーに対して、重要なことはメールか個別メッセージで送れと口うるさく言っていた。
<< あと、あなた自身がこの空間で作れるものに関しては、あなたがいた時代でのものぐらいまでは作れる。これはいわば、この時代にいる人間にとっての空想であっても、あなたにとってはただの確定した歴史であるからだ。しかし言い換えれば、あなたがいた時代では作れない空想的なものは、ここでも作れないのだ。それと、この空間に容量という概念は存在しない。 >>
これはまた便利だね。自分のいた時代のものを作れれば、私がここに呼ばれた時に持っていた鞄に入っているパソコンとスマホの充電事情も解消し、私はこれからもここ禁忌の地に来ればさらなる研究論文を書き続けるから、これ以上嬉しいことはない。
それこそパソコンを作れるなら、最新型のリンゴ卓上型とノート型の一式を作ろう。あとずっと欲しかった最新型のリンゴフォンとリンゴウォッチも作ろう。インターネットって作れるのかな、いや作っても私一人なのであんまり意味ないのか。
容量という概念が存在しないというと、つまり無限にあるってことか、それこそ広大な屋敷を作ったり、街を作ったりすることもでき、そして電車や車なども恐らく作れる。ただこの空間は私一人だけだし、私はドライブを一人で楽しむタイプでもないので、当分というか多分今後も作ることはない。
ただし、景色は作りたい、論文執筆が捗るような景色が作りたい。そして私が快適に論文執筆できる家も作る。あっ、そういえば神託の内容はまだ終わってない。
<< また、あなたがここに持ってきたものの中で、まだこの時代での技術の発展を経ずにして作れない物に関しては、あなた以外は誰も見ることができない。ただし、服装に関しては、私が大昔、人間界で化身した際に着用した一式を覆わせているので、裸体のまま見られていないのだ。安心しろ。>>
おぉ、だから私が呼ばれてから、私の服や私の所持品に対して、誰も驚いたりせず、そして誰からも何も聞かれなかったのか。
私の鞄に関してもそうだけど、仮に私が服を着ずにその場に現れたら、それこそ大長老たちは驚愕した表情を見せてくれたはずだけど、予防策を張ってくれたのでそうはならなかった。
まあ私の研究ではバブサ族は母系社会だし、あの神の祭壇では見た感じ全員女性だったので、仮にすっぽんぽんのまま登場しても、そこから出る前には服ぐらいは用意してくれるだろうし、危うくはだかの王様になることはないはず。
いやそもそものそもそもだけど、私はちゃんと現代の服を着ているので、それを透明にしたのは神であり私のせいじゃないぞ。
服ぐらいはいいじゃないかと思ったが、よく考えたらそもそも現代の服は、ポリエステルやナイロン、アクリルなどの化繊を使うことが多く、仮に自然繊維の綿や麻などを100%使っても、糸を作り出す過程はもちろん、布を作り服を作るのも全て機械などを利用したので、当然この時代ではまだ作れないのだ。特に綿織物の技術革新に関しては、このまま介入せずなら早くても100年後の産業革命まで待たないといけない。
<< なお、ここで作ったものに関しては、外に持ち出すことはできない。逆は可能だ。>>
あっ、この制約は当然じゃ当然か。まず、巫覡が勝手に神託の本文を持ち出すと紛失することが起きる。そして絹布を用いるので、この時代ではもちろん作れるが、それは大陸にいるハン族であり、北にいるジッブンであるが、今この民族の技術では作れないはず。
それに、巫覡は当代のものしか作れないけど、私は私にいた時代のものは作れる。そうなるといろいろ便利なものを恐らく私は次から次へと作っていくのだろう。
そうするとまだそれを作れる技術を持っていなく、禁忌の地以外での再現ができないにも関わらず、最新の科学技術の「産物」だけが世の中に現れることによって、そこまで至った進化の「過程」が崩壊してしまうので、制約としてはやはり妥当かと。
でなければ、私が長距離弾道ミサイルでも作れば、すぐにこれから消滅の引き金になる敵たちを一瞬にして殲滅できるので、明日すぐにでも英雄になれるし。あぁなんて恐ろしいことを思い付いたのか私は…
<< あなたは今や私の代理、つまり私が人間界での化身である。しかし、私は、神々の約束によって、人間界への直接干渉はできない。そのため、本来であれば私が直接化身を作っておきたいところ、あなたに頼るしかない。よってあなたは、ただ私が伝えたいことを受け取るだけの巫覡とは異なり、私の力の一部を受け継いでいる。 >>
なるほど、代理と言いながら、化身とは、つまり分身だね。ただ少し異なるのは、私は独自の意思を持っているので、完全に神様の思うままに動かされるものではない。しかし神々の約束か…どんな約束を交わしたのか気になるけど、まあ聞いたところであっそうですかで終わりだし。
そして、人間界への直接干渉ができないから私を使ったけど、先ほど人間界に化身したことがあったと言ったので、これは推測だけど、こっそりやったのか、もしくはあの神々の約束の前にやってたのかのどちらかも…まあこれも聞いたところでね…
しかしどんな力なのか、大変気になる。
<< まず、あなたの外見が少々幼くなったのだ。大体この時代のボアスア支族の成年時平均年齢である16歳ぐらいだ。ちなみにこの時代のボアスア支族の成年の条件は、あなたの知識であればなんとなく推測できると思うので、私がわざわざいう必要もないはず。>>
えっ、16歳?ほんと?いやそう言えばまだ鏡を見てない。女なら誰でも持ち歩いているミニサイズを当然の如く私も鞄にしまってはいるが、ここに来てからは驚きの連続でトイレに行く時間すらなく、当然見る時間がなかった。まああとでここでどでかい姿見でも作っておこう。そう言えばここにきてから全然トイレに行きたいと思わないが、なんでだろう。
<< 次に、あなたは加齢しない。この民族を繁栄する未来まで導いてくれる必要があるので、加齢によってそれが実現できなくなっては困る。 >>
えっと、トイレに行きたいと思わないのはこれと関係するのかな。つまり細胞レベルで加齢しないのであれば、代謝によって老廃物の排出も起きない。っていいのかな?あってるのかな?
いやちょっとまで、トイレとか云々じゃなくて、加齢しないとはつまり老化しないってこと?永遠の18歳ならぬ永遠の16歳の少女のままでいられるの?待て待て、先の文には、成年時の平均年齢である16歳と書いてあったので一応この時代の私は成人女性として扱われているのか。
そして成年の条件は、確か初潮の時が成年する時と習ったのでそれかな。この時代は民族とわず基本的に慢性的に栄養不足なので、現代では10歳〜12歳に迎えることの多い初潮は、ここでは大体数年遅くなる。
まあ仮に私がいつか元の時代に帰って修士論文を提出したいと思っても、どのくらいここにいようが志半ばで骨を埋めてしまうようなことは起きないってことだ。ただし少し若返りしてピッチピチのJKのような姿でいきなり研究室に現れたらそれこそ大事件のような気がしなくもないが…
<< そして、あなたの身体はあらゆる外的要因及び内的要因による損壊を受けない。加齢しない理由と同じく、あなたは重大な使命を持っているので、簡単に傷付けられてしまうと困る。 >>
えーとーえーとー、この一文は少し読みづらいな。読み返すと、体が壊れない傷つけられない、って無敵ってこと?内的要因ってことは病気にもかからないってことかな?確かにここにきて風土病でもかかればまともに現代医療も受けられないからきっと大変だろうに。…そう言えば私からはここの人たちに何かもたらさないのかな?今年パンデミックを起こしたブハンウイルスとか。いやそもそも私はかかってないから。多分あれかな、ウィルスが内的要因に当たるのですでに排除されたとか。
<< ただし、これら以上の力は、私は今のあなたに渡せない。渡したら神々の約束を破ることになる。また、あなたに対しては私はあれこれ指示しない。私はあなたを信じている。
よって、あなたが自分で判断し、あなたがそれを実行し、あなたがその結果を全て享受することができる。この民族はあなたが来なければ確実に消滅するので、何をしても、これより悪い結果は出ない。 >>
言い切った、よく言い切ったな神様。まず力については私もこれ以上もらう必要がなくとも、私の持っている知識で長くても400年であろう年月を持ち堪えられる。そもそも400年はかからないかもしれない。私が思うボアスア支族、そしてバブサ族全体が消滅へ辿る決定的な歴史分岐点は、少なくとも先の100年内に起きるからだ。
であれば、それまでに私なりに対策を準備する時間は持っている。充分なほど持っている。そして私の知識の力を持って証明するのだ。私がボアスア支族、そしてバブサ族を繁栄に導いた救世主であり英雄であると。
<< 最後に、恐らく推測はできるだろうが、困らせたくないので言っておく。この場所から出るには「念じろ」>>
あ、ありがとう、どうも。そう言えばここに入ってから全然出ることを考えていなかったな。解読が楽しかったし、そしてアビンさんの引き継ぎ書を読んで、それから神託を読んで、忙しかったし。まあ出る時はやってみよう。
その前に、ここの環境整備がしたいんだ。
そして環境整備の前に、一つ重要なことを神様に聞くのだ。今は西暦何年何月何日だってことを。
もちろん私は言語を愛する女なので、今解読したばかりの文字を試し書きぐらいはしたいのだ。
そして机の端っこに空白の紙があったから、念じて作るまでもなくそれを使って、そう言えばボールペンがないことに気づき、ボールペンだけ念じて作り、聞きたいことを書いて、それを右側の鼎に置いた。
そして一瞬にして右側の紙が消え、左側から新しい絹布が現れた。
<< あなたがここに来た日にちは、ぴったりあなたがいた時代の四百年前なのだ。つまり、西暦の1620年12月24日。 >>
やった、私の推測範囲内だ。しかもこのタイミングだと、準備時間が少ないとはいえ、これから一年以内に必ず起きることがいくつもあるので、それを一気に片付けられる。
<< あと先ほどのご疑問の一つに補足をすると、恐らくあいつは彼氏とは言えないと私は思う。私は古来では婚姻をも司るので、私を信じよう。 >>
おい、女子会のノリで人の痛いところを突くのではない。私にとってあいつは唯一いた彼氏で、私の交際歴を1にしたやつなんだ。簡単にリセットしないで。まあ確かに言われてみればあれは交際したとは言えないほど淡白な付き合いだったけど。ピュアラブだったってこともありうるだろう。
婚姻を司るなら、私がこの一族を繁栄に導いた暁には、私を導く赤い糸でも用意してくれ!!!
言い回し、誤字脱字、文法の誤り、表現の改善などがあれば感想や誤字報告に書いていただくととても嬉しいです。