解読が終わったが、そもそもいらなかった
「ふー、これでよしっ!はいできたー」
解読を始めて、だいぶ時間が経ってしまったが、その甲斐もあり、この謎の文字を解読することができた。
予想通り、この文字は私が研究を進めたボアスア族のバブサ語で間違いない。そして表音文字であり、母音と子音を明確に分けて記載しているパターンだ。
また、ハンクック語や昔のジッブン語のように、文字通りに発音しないのもいくつかあった、まあこれは文字が発明された時代の発音のまま定着したようなので、いわゆるボアスア族の母族であるバブサ族のさらに上にあるオーストシア族の祖語に近い発音が見られて、若干今の発音と異なっても言葉の変化のパターンがあるので、さほど解読に対して支障をもたらさなかった。
ただ恐らくこの発音は、学界で推測されているオーストシア族の祖語より後ではなく、寧ろ少し古いものと推測できる。なぜなら、今でも大陸に存在する別の語族であるクラダイ族の祖語の発音パターンも一部見られ、つまりあれかな、この二つの語族は本来一つだったとか?、いやもしかして単純に言語接触による借用の可能性も否定できないけど…
おっと、いけない、ここで学者ばりの推測を始めたら、いつまで経っても終わらないぞ。
とりあえず、文字の解読ができたので、あとは読むだけだ。では、とりあえず机の端っこに、丁寧にくるくる丸めたこの書類からスタートするか。一体どんな内容が隠されているのか見てみよう。
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神の代理人様へ
私は、アビン・シナワナンと申します。この度御神託を授かり、巫覡になったものです。私が預かった御神託によりますと、次代の巫覡は恐らく私の在世中に現れることはないとのことでした。
そして、現れないこともあるが、仮に現れるとすれば、神を代理するお方であり、その方が巫覡を兼任するとのことでした。こちらの情報に関しては、絹布の書類をご確認ください。絹布は全てこのボアスア族に対するご神託でございます。
ちなみに、最新のご神託に関しては、机の左側に置かれた鼎に現れます。
なお、机の右側にも鼎があるが、そちらに関しては私を含め歴代の巫覡にもその使途が分かりませんでした。
竹簡や木簡、草紙などの物に関しては、それぞれの時代に、その時の巫覡が残した物です。
説明が長くなるので申し訳ございませんが、こういったことは、私の代までは、先代より直接受け継いでいるので、私にとっては前例のないことです。
そのため、お伝えし忘れることもあるかもしれませんが、その時は恐らく神様よりご神託で補足なさるはずです。
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なるほど、まずアビン・シナワナンは、先代の巫覡で間違いない。そして宛先に神の代理人様へと書いてあるので、私に対していわゆる引き継ぎのような書類を残してくれたのであろう。前例のないこととはいえ、それでもちゃんと引き継ぎをしてくれてるので、素晴らしい方だったな。
そして仮にこの引き継ぎで書き忘れたことに関しても、神様から神託で補足でくるようなのだ。本当かな。
それに、神託に関しては、絹布という高級な布を使っているので、他の膨大な媒体から探る必要は無くなった。しかも最新のものに関しては机の左側にある鼎の中に現れるとのことで、仮に神様から何か言いたいことがあればこの鼎の中を確認すればいいのだ。
他に竹簡や木簡、草紙などの媒体に書かれた文書に関しては、歴代の巫覡が書き残したものだそうで、もしかしたらこの民族の歴史に関しての一次情報が得られるかもしれないのでとても貴重なのだ。まあ時間があれば一通り目を通してみたい。
続きがあるということで、二枚目を見ることに。
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ここに来てではございますが、三点お伝えさせていただきます。
一つ目は、この禁忌の地にどれほどご滞在になっても、外の時間は流れません。また、中の物に関しても、劣化はしません。しかし私たち巫覡の身においてだけ、時間が進みます。
二つ目は、恐らく神の代理人様は今真っ白な空間にいますが、念ずれば、建物も、景色も、道具も作られます。私を含めて、歴代の巫覡は、ご自身が暮らしやすいよう、ここを引き継いだときは真っ先に建物や景色などを作ります。そしてなぜ真っ白なのかというと、引き継いだ際に消滅するように、作る際に念じたからです。また、全てのものが作れるかというとそうではありません。私と私が聞いた歴代巫覡の話では、実在しないものは作れなかったのです。
三つ目は、先ほどご神託による補足があるとお伝えしましたが、こちらに関しては、私が預かったご神託にはそのように言っていましたので、ご心配はいりません。
また、神の代理人様は、巫覡よりも別格の存在ですので、禁忌の地に関してはもしかして私たち巫覡とは異なる説明を神様よりなさるのかもしれません。
そして、集落の細かいことに関しては、その時の大長老にお聞きくださいませ。私がこちらでお伝えしてしまうと、神の代理人様がお読みなった時点では恐らく最新情報ではなくなります。
最後に、私個人のお願いですが…
私の子孫がこの集落を離れなければ、恐らく祭壇近くの私の家にまだ住んでいるでしょう。もしお立ち寄りいただけたら、私の代わりにご挨拶だけでもしていただけないでしょうか?図々しいお願いで申し訳ございませんが、どうかよろしくお願いいたします。
では、長くなりましたが、私からお伝えすることは以上です。
私が立ち会うことはありませんが、
どうか一族に、幸せな未来を、見せてもらえたら、嬉しいです。
アビン・シナワナン
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一つ目について、確かにこれもまた衝撃的な事実を知ってしまった。しかし確かにとても重要なことだ。私はこの一文を読んだ瞬間まで、文字解読のせいですでに大長老をだいぶ待たせてるのではないかと心配したが、どうやら余計なことだった。
つまり、ここに入ってから、いくら経っても、外に出た時は入った「直後」の時間になるとのこと。
また、この書類を含めた器具に関してはどうやら同じく時間による影響を受けない?ってことかな、ただし人体だけは老化が進むという理解で正しいのかな?
そして、二つ目に関しても、これもなるほどな。確かに真っ白な空間なだけでは、いくら聖職とはいえ長居するとかなりしんどそう。
でも念ずるだけで建物が作れるのは、なかなか面白い。色々疑問が片付いたら早速作ってみよう。そして念ずる際に、消滅の条件設定もできるってことは、もしかしたら他にもいろんな条件設定ができるかもしれない。
色々疑問が浮かび上がったけど、恐らく三つ目に書いてあった通り、後ほど神様からの神託に何か補足があるかもしれない。
そして、私は通常の巫覡ではないので、もしかするとここに書いた通りではない私だけの利用規約的なのがあるかもしれない。まあこれも神託を待つしかないのだ。
そして集落のことは大長老に聞くとのこと、まあ的確だ。私が現れるタイミングが分からない以上、この引き継ぎの文書を書いた時点で情勢を伝えても、私には過去の理解が深まるだけで、現況の理解には全く役立たない。
ほんとうに、素晴らしい引き継ぎをありがとう。
大学時代や大学院時代を含め、色々な業務上の引き継ぎを受けたことがあったが、それらと比べないほど素晴らしい引き継ぎであった。
まあそもそも今までは引き継ぎすらない投げ出しを受けたことがほとんどだけど…
そんな素敵なアビン先代巫覡のためにも、集落に戻ったら大長老に案内してもらいシナワナン家を訪れてみよう。まあ親はいつになっても子供を心配するものだよね。
ではでは、神様、私はこの引き継ぎを読んだのだが、何か補足事項などございますでしょうかね?流石にすでにクエスチョンマークがいっぱいの私がこれまで経験したような投げ出しのことはしませんよね?
そう思った瞬間に、左の鼎にこれも筒状に丸めた絹布の書類が現れた。これが、神託か。
どれどれ、どんな内容が書いてあるのかな
恐らく私の疑問を説明してくれるであろう助け舟に手を出し、そして巻かれた紙を平にして読み始めた。
早速最初の一文で、衝撃を受けた。
〈〈 書類を持って念じれば、脳内で音声が流れるので、読む必要はない。 〉〉
おい、バカ神!こういうのって、私が呼ばれた時に一番先に言えよ。
言い回し、誤字脱字、文法の誤り、表現の改善などがあれば感想や誤字報告に書いていただくととても嬉しいです。