どうやらここは、ボアスア族がいる過去だった
突然のことで呆然とした私、そして私を囲んで祈りを捧げた人達は、しゃがんだままの姿勢で顔を上げて私を見上げた。
これは何が起きたのか?誰か説明とかしてくれないかな、ってかここどこ?。うーん、そういえばその服装、かなりチョ族のと近くて、ただし配色と装飾が異なるところもちらほら、民族としてはチョ族か、もしくはそれに近い民族だろう。
服装の豪華さからすれば、最初に見た時の直感と変わらず、恐らく長老級である。ただし一部の人間はそれとは別のデザインの服を着ている。こちらに関しては、チョ族の祭りの時でも見かけた、シャーマンが祭祀時に着用する服装だろう。
そして私の横にはあの長い剣が突き立っている。博物館で見た時は棒としか見えなかったほどに腐食による劣化が進んだものと比べると、まるで名工が作ったかのような、美術館で展示されそうな美しい芸術品である。剣身には、私が解読したあの棒と同じ文言が刻印されている。なので間違いなく同じものであるはず。
あと、私が立っているこの場所は、これもまた博物館で見た祭壇と推測された遺構としか思えない。その真ん中は周りよりは数段高くなっているところに私がいる…長い剣とともに。さらに祭壇の周りは特別展で見た発掘品の陶器と同じようなものが並べられている。
えっと、つまりあれだ。きっと私は興奮しすぎて、そのせいで脳内で酷く自動補正が働き、バブサ族と発掘品の本来の姿を高速演算して投影してくれたのか?よく火事場のクソ力と言われる窮地に陥ったら発揮するようなハイエンドなパワーの影響かも。
私が脳内でどうにかこの状況を理解しようとした時、私を囲んで私を祈ってるまま私を見上げた人間たちの中で、一段格式の高い装飾をした長老服を着た初老の女性が、口を開けた。
ー『我が神の代理人様、御台臨いただき御礼申し上げます。私はボアスアの一族の大長老を任されているものでございます』
あれ、言葉が分かるよ、いやまって、わかるけど、わかるから怖いよ。だって、あれは私が再構に力を注いでほぼ完成間近であるバブサ語ではないか?なんでこの人はそれを喋れるのか?
ー『我が神の代理人様?』
あー、これ夢じゃないの?本当にバブサ語そのまんまだけど、なんなら私より綺麗な発音で上手に文法を操っているぞ。私がこの言語を再構築した第一人者で、先駆者のはずなのに、おかしいな、なんで私より上手に喋れる人がいるのよ?
ー『我が神の代理人様?何かご不満に感じたことでもあったのでしょうか?』
あー、私が今我が身に置かれるこの状況をなんとか理解しようとした時に、今度は私が怒ってるのではないかと恐れた様子を見せてくれてるではないか?うーん、一回深呼吸して落ち着いて状況を把握しよう。
まず、相手が誰であれ、私が会話できるのであればそれほど困ることではない。そして相手は私が現れることを知っており、こうした形で私を出迎えてくれた。つまり、私だけがなぜ自分がここにいるのかは知らないのだ。
次に、今発言をした人は、装飾と立ち位置と言動から見て、恐らくこの人たちの中で一番偉い人物であることは間違いない。聞き間違えていなければ、確かにさっきも自分で「大長老」と言ったはず。
さらに、私と相手では私が上で、相手が下の立場のようだ。だって今だにまだしゃがんだままだし、私を「神の代理人様」と呼んでいるし。私に対して祈っているので相当私の立場が上であろう。敵意も全く見られず、むしろ期待の眼差しが恐れた様子から微かに感じとれさえした。
であれば、会話して解決するまでだ。
『すまん、私は今混乱している。突然呼ばれたからね』
ー『左様でございますか、それは大変ご迷惑なことをしてしまいました。誠に申し訳ございません。』
『平気。それよりも、私は何がどうなっているのかが、よく分かっていない。あなた、説明してくれないか?ここはどこで、そして私に何用だ』
ー『承知しました。まずは、ここはボアスアの集落です。そして今いらっしゃるのが集落の中心にある祭壇です』
なるほど、私が今いるのはバブサ族の支族であるボアスア族の集落で、そしてこの建物は本当に推測通り祭壇だった。
私の顔を伺いながら、大長老はさらに話を続けた。もちろん、流暢な母語であるボアスア族のバブサ語を使って。
ー『神の代理人様は、先代の巫覡が残したご遺言と、先代の巫覡に授かったご神託であったように、神の代理であり、そして同時に長く空位だった一族の巫覡の座を継ぐものとして、我ら一族の運が良ければ、いずれ訪れてくるであろう存在です。』
ー『訪れていなかった時は、一族が消滅する未来が待ち、訪れた時は、一族が繁栄する未来が待っていると、先代の巫覡はそう言い残しました。』
そかそかそか、なるほど、どうやら私はこれから民族の英雄になるためにここに来たようだ。いつの間にか恐れた様子が消えて、あんな輝かしい瞳で期待の眼差しを代わりに向けられるのを見ると、かなり私に対する期待値が高いのはわかりたくなくてもわかった。
ただし、まだ説明を受けてないこともある。
『つまり、私がここにくることで、必ず一族が繁栄する未来が訪れると、その神託にあったとのことなのか?』
ー『おっしゃる通りです。なぜなら、先代の巫覡が残してくれたご神託では、一族は本来消滅の運命を辿るのみでした。しかし、神託剣を作って祭壇に祀れば、本来消滅する運命の先にある未来には、その神託剣の模様を解読してくれる神の代理人かつ次代の巫覡と呼ばれる方が現れることがある。もしその方が現れれば、こちらに呼ばれるよう祈りを捧げる。そしてこちらに呼ばれることができれば、その方は必ず一族が繁栄する道に我々を導いてくれるとのことでございます。』
なんか、説明できてなくない?私が解読したからといって、なんでいきなり呼ばれて失敗できない「民族の復興プロジェクト」の契約をさせられなければいけないのか、しかもプロジェクトオーナーとして。
『やはりまだよく分からないが、なぜ私が現れるだけで必ずあなたたちを繁栄に導けるの?』
ー『その剣に刻んである模様を読める方でしたら、言葉も文化も全て消滅したはずの未来で、私たち一族のことを深く理解してくれて、私たちがなぜ消滅の未来を辿ったのか、その原因と過程を知っていらっしゃるからであると、先代の巫覡がそのように説明してくださりました。』
確かに大長老の言った通り、ってか神託みたいなことを言っているから神の言葉か、つまり私なりに整理すると、まずボアスア族が消滅したのは確定である。そしてその確定した未来には、この民族のことについて、ほとんど情報がない中にもかかわらず、何があっても知りたい分かりたいような根強く頑張る人が出てくる。で、その人は未来から来るのだから、必然的に一族が消滅する原因と過程を知っているので、なので未然に潰してくれるのだ。確かにとんでもない人だね。そしてその人が私…
『なるほど』
ー『そして、先代の巫覡がその神託剣を作った時には、ご神託の内容通りに作ったまでで、そこに刻んでいる模様のようなものは、先代の巫覡を含め私たちにはどんな意味を有しているのかいまだに分かりません』
『なんと?』
えっ、なんだと?宣教師に教わったからそれを使って残したのではなく、あくまで神託の指示に従って剣を作って、そして恐らく模様としか認識していないままその文字を剣身に刻印しただけだと、これはつまり…
ー『はい、先代の巫覡曰く、この模様は私たちの言葉を、これから出会うであろう異民族が、その意味を残してくれる「文字」というものである。そして、その異民族との出会いこそが、私たち一族が消滅する最初の一歩です。仮にもし、神の代理人様が現れることが起きるとすれば、必ずその異民族との出会いの直前になるだろう。そこからは、神の代理人様が一族を代表し、これから様々な異民族と避けられない出会いに立ち会えば、必ず繁栄の道になると仰いました。』
やはり予想通りだった。そして今追加した爆弾発言で、私が呼ばれた年代が大体わかったぞ。フォルサの中部、少し奥に位置するボアスア族の集落まで、あの文字をもたらしたネーデルランドの宣教師がまだ足を運んでいない時期だ。そして私はネーデルランドの宣教師がここを訪れる直前に呼ばれるってことは、おそらく1600〜1620年前後であるはずだ。しかし、私が持ち得た知識を持って推測してもズレ幅が20年くらい。もう少しずれ幅を縮めたいな。
『よくわかった。つまり私が一族を代表して立ち会うだけで、全てがうまくいくと神託にあったということだね。』
ー『はい、ご神託ではそのように伝わったと先代の巫覡が仰っていました。なので、神の代理人様は同時に、当代の巫覡でもあります。そしてこれから、私が神の代理人様を禁忌の地までご案内します。禁忌の地では、ご神託の詳細を神の代理人様に実際に確認してもらいます。』
『わかった。私の知識とのずれがあってはいけないので、巫覡のこと、そしてボアスア族のこと、今この時点で、あなたたちが知っているあらゆる情報を全て説明してくれないか?あと、禁忌の地は、初めて聞いた言葉だけど、これに関してだけは案内する前に今説明してくれる?』
とりあえず郷に入れば郷に従えってことで、私は救世主として神の代理人として民族の英雄として呼ばれて来たのであれば、私は今までフォルサの先住民族の研究に注いだ時間を無駄にせず、研究成果を全て思う存分に活用するのではないか。どうせここには学会という名の魔界がないし、私の仮説を無尽蔵の仮説で反論してくるような流転輪廻も起きるはずがない。
この年代において、私はこれから先400年の間の出来事を知っているので、それだけで対策を事前に準備できる。いわゆる確率ほぼ100%の予言を私は持っているので、この地点でズルをしている。
そもそも、私は今は「神の代理人様」と呼ばれていて、その通り今は一族にとって神の代理人である。言葉に対する認識が正しければ、代理ということはつまり、私の言葉は神の言葉、私の指示は神の指示、でもある。であれば、少なくともボアスアの集落では私がこの大長老よりも上であり、事実上のトップである。であれば、何も恐れるものなしだ。
また、巫覡にも就任するが、そもそも巫覡の役割は神託を預かるもので、神託同等の言葉を発する神の代理人がいる以上、巫覡自体の必要性がなくなる。
よし、色々考えがまとまった。とりあえず禁忌の地のことを聞いて、その後一度訪れて、そっから現状報告を聞く。
でもちょっとまって、そういえば一つ、個人的に気になったことがあったんだけど
『すまん、一つ先に教えてくれないか?なんで私がここに来た瞬間、すでに皆しゃがんで祈っているの?』
そう、先ほどの説明だと、必ず私が来るとは確約されていない。なのに私が来るのを知っていたかのようにみんなで祈っているのはどう考えても納得できない。
ー『ご説明がたらず申し訳ございません、こちらに関してもご神託の通り、神託剣が光始める日から交代して祈りを捧げるように、そして鳴動がし始めたら全員集まって祈るようにとの神命がありました。』
『それって、いつから光り始めたの?』
ー『七日前からです。そして鳴動は今朝からでしたが、昼前にも一度大鳴動があり、その後少々収まって、二回目の大鳴動の直後に神の代理人様が現れました。』
『……わかった。』
完全に神の確信犯だ。七日前はまさに指導教授からチケットをもらった日で、鳴動はおそらく私が博物館に入館した時からだろう。あと昼前の大鳴動は絶対あれだ、私が最初に解読した時のことだ。あの時そのまま声に出してしまったら、私は最後のカレーライスが食べられないまま呼ばれてしまうのだろう、そしたら申し訳ないが、多分機嫌がめちゃ悪くて、それこそ神の祭壇を死の祭壇に変えてしまうような未来が民族の繁栄より先に約束されるだろう。
会話を大量に書くのは辛いけど頑張った。
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